仁義なきバレンタイン
恋はサバイバル。
恋は命がけ。
恋はチキンレース。
恋は人生の花。
だから、ルールなんか蹴飛ばしていけ!
『仁義なきバレンタイン。』
…ていうかありえないし。
久々に訪れた場所のあまりの変動っぷりに、エドはぽかーんと口を開けて立ちすくむ。隣の弟は、結構順応力が高いのかそれとも単に暢気なのか、「楽しそうだねぇ」とか何とか言っている。
…そうか?
と、エドは思ったが、あんまり弟に逆らうことのない兄であった。
それでも、―――絶対狭いなんてことはありえない東方司令部の敷地内を、大型の運搬車やら資材置場かと疑いたくなるような貨物やらコンテナやらが無秩序にひしめきあい、その間を軍服の連中があっちに行ったりこっちに行ったり…中には交通整備している者などもいたりして、何が何やらさっぱり意味がわからない。しかも、別に、アルが言うように楽しそうとも思えない。
まあ、辛そう、ということも確かになかったが。
「お、大将!アル!」
と、ぽつんと立ち尽くす兄弟を目ざとく見つけて、声を掛けてくる人があった。気さくそうなのっぽの青年である。
「あ、少尉」
旗振りを近くにいた誰かに任せ、青年は兄弟の方へ向かって歩いてきた。
「久しぶりだなー、元気だったか?」
近づくと、大きな手でがしがしとエドの頭をかきまぜ、反対の手ではアルの肩をノックの要領で軽く叩いた。
「元気だったから、やめろよ!」
子供のようにかきまぜてくる手が気に食わないのだろう、エドはあからさまにいやがってその挨拶から逃げ出そうとする。…少しは、照れ臭いのもあるのだろう。
「あー、わりわり」
しかしそんな少年の態度には全く構わず、少尉、つまりハボックは笑って言った。あっさり見抜かれているようだった。
「…いいけど。…なぁ、少尉。これ、何事?」
仏頂面で髪を撫でつけながら(これもきっと照れ隠しだろう)、エドは尋ねてみた。すると、ハボックこそ不思議そうな顔をして、まじまじとエドを見つめ返してきた。なんだか居心地が悪い。
「あ、そうか。この時季に来るの初めてか?大将は」
しかし、何かに気付いた顔を見せ、すぐにハボックは笑いかけてくる。
「……?うん…たぶん」
「あーそれじゃ無理ないな。驚いただろ?」
気さくに尋ねるハボックに、うん、とエドもアルも頷いた。妙に素直な様子を見せる兄弟が可愛くて、ハボックは再び笑う。
「今、二月だろ?」
「…?うん」
「なんかな、昔っからあった風習じゃないらしんだが。ここ何年か、ってとこかな?」
「……なにが?」
ひひ、とどこか意地の悪い、そしてどこか悪戯っぽい笑い方をして、ハボックはすぐには教えてくれない。
「いやー、なんかもうここまで来ると…壮観?」
「だから!少尉、何が!?」
気の短いエドは既に喧嘩腰になりつつある。しかしまだ本気のレベルではないのだろう、弟はさして止める素振りを見せていないから。
「ま、こっち来てみな」
有無を言わさず、ハボックはエドとアルの手をそれぞれ取って歩き出した。全く予想外の出来事で、エドはうっかりつんのめりそうになり、ハボックの背中に顔をうずめる羽目になった。だが別段(恨めしいほどに)のっぽの青年的には何ら痛痒を感じるものではないらしく、特にコメントはなかった。
「ちょ、少尉…」
「わー、どこ行くんですか?」
そして、困惑するエドと対照的に、アルは至極楽しそうである。…世間様は破天荒なことばかりするエドに対し、アルは穏和で常識的だ、と捉えがちらしいが、実際には同じ遺伝子に連なる者なわけだから…、アルもただ素直で純真な少年、というばかりでもない。現に、お手々引かれて…という現状に欠片も動じたところがないのは大物の証だろう。
「んー、ちょっとイイトコ」
ハボックも鼻歌混じりに返す。腕を引っ張られて慌てるエドが面白いのか、対照的な兄弟の反応が面白いのか。…両方かもしれないが。
「ちょ、わ、…やだってば、離せよ!」
エドは必死で抵抗するが、のんびりしているように見えても軍人、しかもガタイもいいときた。びくともしない。しかも、隣ではアルが普通に歩いているし。
エドは、時々、弟に敗北感を抱くことがある。今がまさにその時であった。
「…ほら、ついたぞ」
そうして、エドが焦ったりぐったりしているうちに、ハボックはエルリック兄弟をとある倉庫らしき建物の前まで連れてきた。
らしき、というのは、その施工にポイントがあった。いかにも急場凌ぎ、プレハブの類の、仮設倉庫という雰囲気満点なのだ。
「……なにこれ?」
「倉庫だと思うだろ?」
「倉庫じゃないのかよ」
「いや、倉庫で間違ってない。ただ、…年中行事なんだ」
にやりと笑ってのハボックの言に、兄弟は顔を見合わせた。そして、そろって首を傾げる。息のあった仕種に、ハボックは今度は目を細める。それはやはり大人の男がするような顔ではあった。
「年中行事?」
「倉庫が?」
「倉庫とトラック行列が」
「「………なんで?」」
きょとんとした顔には、毒気もなければ険もない。
「それは…」
「お、大将来てたのか」
ようやく説明を始めようとしていたハボックの台詞を、いかにも通りすがりという風情のブレダが遮った。
「うん、こんちは。ブレダ少尉」
「こんにちは」
愛想良く(実際ふたりはそこまで愛想が悪いわけではない。兄の方がよく視野狭窄に陥りやすいだけで、そもそもアルはどんな時でも温厚だ)兄弟は挨拶を返した。
「なぁ、ブレダ。こいつらこの時季初めてなんだと、こっち来んの」
「あ?おー、なんだ、そうなのか?」
「え?あ、うん。な、アル」
「そうだね、兄さん」
ハボックに説明されて、ブレダは軽く驚きの表情を見せた。が、すぐにその後、にやっと笑った。
「あー、なかなか、…そうだな、なかなか面白い時季に来たな」
「面白い?」
「ああ。そうだ、エド、倉庫どっか開けてみな?」
「え?」
不思議そうな顔をするエドに、ブレダはにやにやしながら勧める。
「……?」
どうやら、それ以上説明してくれる気は彼らにはないらしい。彼らがエド達兄弟を弟か甥っ子かなにかのように可愛がっているのは周知の事実で、だからきっと危険なことはないのだろうが…驚かせてやろう、くらいは絶対思っているに違いない。
「…開ければいいのか?」
「ああ」
納得いかないまでも、エドは渋々、一番手前の倉庫の扉を開けた。
「…?」
なんだか、妙に暗くて目が一瞬慣れない。
が、次第に目が慣れてくれば、息を飲む。…なんというかありえないというか、あってほしくなかった感じの光景が目に入ってきたので。
「…っ!!」
ガコンッ
開けた時とは違う、切羽詰った勢いで、エドはドアを締めた。そのまま両手を合わせたのは、ドアをどうにかする気なのだろうか。
それなりに驚くだろうとは思っていたのだろうが、思っていたよりも激しい反応だったと見え、ブレダ達も顔を見合わせる。
「…エド?」
ハボックが近づいてきて、エドの顔をのぞきこんだ。
「どうした?」
「…な、なんかっ、へ、変なのいた…っ!」
「………は?」
恋は命がけ。
恋はチキンレース。
恋は人生の花。
だから、ルールなんか蹴飛ばしていけ!
『仁義なきバレンタイン。』
…ていうかありえないし。
久々に訪れた場所のあまりの変動っぷりに、エドはぽかーんと口を開けて立ちすくむ。隣の弟は、結構順応力が高いのかそれとも単に暢気なのか、「楽しそうだねぇ」とか何とか言っている。
…そうか?
と、エドは思ったが、あんまり弟に逆らうことのない兄であった。
それでも、―――絶対狭いなんてことはありえない東方司令部の敷地内を、大型の運搬車やら資材置場かと疑いたくなるような貨物やらコンテナやらが無秩序にひしめきあい、その間を軍服の連中があっちに行ったりこっちに行ったり…中には交通整備している者などもいたりして、何が何やらさっぱり意味がわからない。しかも、別に、アルが言うように楽しそうとも思えない。
まあ、辛そう、ということも確かになかったが。
「お、大将!アル!」
と、ぽつんと立ち尽くす兄弟を目ざとく見つけて、声を掛けてくる人があった。気さくそうなのっぽの青年である。
「あ、少尉」
旗振りを近くにいた誰かに任せ、青年は兄弟の方へ向かって歩いてきた。
「久しぶりだなー、元気だったか?」
近づくと、大きな手でがしがしとエドの頭をかきまぜ、反対の手ではアルの肩をノックの要領で軽く叩いた。
「元気だったから、やめろよ!」
子供のようにかきまぜてくる手が気に食わないのだろう、エドはあからさまにいやがってその挨拶から逃げ出そうとする。…少しは、照れ臭いのもあるのだろう。
「あー、わりわり」
しかしそんな少年の態度には全く構わず、少尉、つまりハボックは笑って言った。あっさり見抜かれているようだった。
「…いいけど。…なぁ、少尉。これ、何事?」
仏頂面で髪を撫でつけながら(これもきっと照れ隠しだろう)、エドは尋ねてみた。すると、ハボックこそ不思議そうな顔をして、まじまじとエドを見つめ返してきた。なんだか居心地が悪い。
「あ、そうか。この時季に来るの初めてか?大将は」
しかし、何かに気付いた顔を見せ、すぐにハボックは笑いかけてくる。
「……?うん…たぶん」
「あーそれじゃ無理ないな。驚いただろ?」
気さくに尋ねるハボックに、うん、とエドもアルも頷いた。妙に素直な様子を見せる兄弟が可愛くて、ハボックは再び笑う。
「今、二月だろ?」
「…?うん」
「なんかな、昔っからあった風習じゃないらしんだが。ここ何年か、ってとこかな?」
「……なにが?」
ひひ、とどこか意地の悪い、そしてどこか悪戯っぽい笑い方をして、ハボックはすぐには教えてくれない。
「いやー、なんかもうここまで来ると…壮観?」
「だから!少尉、何が!?」
気の短いエドは既に喧嘩腰になりつつある。しかしまだ本気のレベルではないのだろう、弟はさして止める素振りを見せていないから。
「ま、こっち来てみな」
有無を言わさず、ハボックはエドとアルの手をそれぞれ取って歩き出した。全く予想外の出来事で、エドはうっかりつんのめりそうになり、ハボックの背中に顔をうずめる羽目になった。だが別段(恨めしいほどに)のっぽの青年的には何ら痛痒を感じるものではないらしく、特にコメントはなかった。
「ちょ、少尉…」
「わー、どこ行くんですか?」
そして、困惑するエドと対照的に、アルは至極楽しそうである。…世間様は破天荒なことばかりするエドに対し、アルは穏和で常識的だ、と捉えがちらしいが、実際には同じ遺伝子に連なる者なわけだから…、アルもただ素直で純真な少年、というばかりでもない。現に、お手々引かれて…という現状に欠片も動じたところがないのは大物の証だろう。
「んー、ちょっとイイトコ」
ハボックも鼻歌混じりに返す。腕を引っ張られて慌てるエドが面白いのか、対照的な兄弟の反応が面白いのか。…両方かもしれないが。
「ちょ、わ、…やだってば、離せよ!」
エドは必死で抵抗するが、のんびりしているように見えても軍人、しかもガタイもいいときた。びくともしない。しかも、隣ではアルが普通に歩いているし。
エドは、時々、弟に敗北感を抱くことがある。今がまさにその時であった。
「…ほら、ついたぞ」
そうして、エドが焦ったりぐったりしているうちに、ハボックはエルリック兄弟をとある倉庫らしき建物の前まで連れてきた。
らしき、というのは、その施工にポイントがあった。いかにも急場凌ぎ、プレハブの類の、仮設倉庫という雰囲気満点なのだ。
「……なにこれ?」
「倉庫だと思うだろ?」
「倉庫じゃないのかよ」
「いや、倉庫で間違ってない。ただ、…年中行事なんだ」
にやりと笑ってのハボックの言に、兄弟は顔を見合わせた。そして、そろって首を傾げる。息のあった仕種に、ハボックは今度は目を細める。それはやはり大人の男がするような顔ではあった。
「年中行事?」
「倉庫が?」
「倉庫とトラック行列が」
「「………なんで?」」
きょとんとした顔には、毒気もなければ険もない。
「それは…」
「お、大将来てたのか」
ようやく説明を始めようとしていたハボックの台詞を、いかにも通りすがりという風情のブレダが遮った。
「うん、こんちは。ブレダ少尉」
「こんにちは」
愛想良く(実際ふたりはそこまで愛想が悪いわけではない。兄の方がよく視野狭窄に陥りやすいだけで、そもそもアルはどんな時でも温厚だ)兄弟は挨拶を返した。
「なぁ、ブレダ。こいつらこの時季初めてなんだと、こっち来んの」
「あ?おー、なんだ、そうなのか?」
「え?あ、うん。な、アル」
「そうだね、兄さん」
ハボックに説明されて、ブレダは軽く驚きの表情を見せた。が、すぐにその後、にやっと笑った。
「あー、なかなか、…そうだな、なかなか面白い時季に来たな」
「面白い?」
「ああ。そうだ、エド、倉庫どっか開けてみな?」
「え?」
不思議そうな顔をするエドに、ブレダはにやにやしながら勧める。
「……?」
どうやら、それ以上説明してくれる気は彼らにはないらしい。彼らがエド達兄弟を弟か甥っ子かなにかのように可愛がっているのは周知の事実で、だからきっと危険なことはないのだろうが…驚かせてやろう、くらいは絶対思っているに違いない。
「…開ければいいのか?」
「ああ」
納得いかないまでも、エドは渋々、一番手前の倉庫の扉を開けた。
「…?」
なんだか、妙に暗くて目が一瞬慣れない。
が、次第に目が慣れてくれば、息を飲む。…なんというかありえないというか、あってほしくなかった感じの光景が目に入ってきたので。
「…っ!!」
ガコンッ
開けた時とは違う、切羽詰った勢いで、エドはドアを締めた。そのまま両手を合わせたのは、ドアをどうにかする気なのだろうか。
それなりに驚くだろうとは思っていたのだろうが、思っていたよりも激しい反応だったと見え、ブレダ達も顔を見合わせる。
「…エド?」
ハボックが近づいてきて、エドの顔をのぞきこんだ。
「どうした?」
「…な、なんかっ、へ、変なのいた…っ!」
「………は?」
作品名:仁義なきバレンタイン 作家名:スサ