仁義なきバレンタイン
ということは、これは。
…初めから、ロイに渡すつもりで?
「……っ」
知らず、ロイの顔まで赤くなる。…なんだか恥ずかしい。いい年の男が顔を赤らめている姿なんて。
しばらく轟沈していたロイだったが、ようやくショックから立ち直ると、軽くかぶりを振って歩き出した。言うまでもなく、今頃どこかで恥ずかしさに憤死しているはずの、金髪の子供を探す為にだ。ロイもまた、彼に渡したいものがあったから。
急遽手を入れてどうにかこうにかバルコニーとして遜色ないものに設えた、その、東方司令部の中心、広場の真正面にある場所に、チャンピオンのたすきをかけたもはや無敗といってもいいであろう東方の女神が静かに進み出た。
…意外と、彼女はのりがいいところがある。
彼女がそこに姿を現した途端、きゃー、と大きな黄色い悲鳴があがる。あちこちでうねりを作るそれは、こんなことを言うと何だが…、たとえば大総統が視察にやってきて謁見の場を設けたとしても、そんな歓声はけしておこりえないだろう、というくらいにすごいものだった。
しかも、その構成分のほぼ九割が、女性。
そう。
チャンピオン・ホークアイ中尉に多大なる声援を送っているのは、そのほとんどが女性なのである。
…微妙な事態であった。
しかし、チャンピオンはそんな些少なことなど一切気にかけず、艶然と、そして堂々たるさまで微笑みを浮かべた。その整ったかんばせに。
「きゃああああ!」
「中尉!中尉!」
「リザおねえさまー!」
あちこちで上がる悲鳴。しかも、衛生兵が既に駆け回っているところを見ると、興奮のあまり貧血を起こした女性士官もいそうだ。
ちなみに、男性士官たちは割とすみっこに追いやられている。騒いでいるのは、賭けに勝った者くらいだろうか。
中尉の背中をバルコニーの奥から見守りながら、ブレダは溜息。なんというか…、いや言うまい。平和で結構なことではないか。
「あーっ、やっぱ中尉に賭けるんだった…!!」
さらにブレダの背後で賭けに敗れて身悶えている人間も含めて、だ。
「ありがとう。ありがとう」
バルコニーの上で、うっすら微笑みながら片手を上げて歓声に応える女性士官に、もう一度ブレダは視線を送った。
…なんだかなあ…うちの司令部…。
「ううう…だから俺はいやだって言ったのに…!」
「ハボック少尉、大佐に賭けたんですか?勇気あるんですね…!」
その辺でのたうっているハボックに、いかにも憐れんだ様子でフュリーが声をかけている。ブレダはもはや言葉もなく、遠くを見つめるしかない。
「違う、勇気なもんか!ありゃ新手のパワハラだ…!」
「は?」
「俺は中尉に賭けるつったのに、大佐が無理矢理…無理矢理…っ!」
俺の一ヶ月分の給料返せー!!
…と、ハボックは壁に向かって吼えている。まったく、いつもいつも貧乏籤を引き当てる男である。
「…そういえば、大佐はどこへ行ったのでしょう」
ハボックの雄たけびには構わず、今思い出したという様子でファルマンが首を捻った。置いてきてしまったが、どうしているのだろうか、彼は。
そういえば、エドも一緒に置いてきてしまった。ような。
「んなこと、知るか!」
ハボックは、八つ当たりだろう、放っておけと斬り捨てる。しかしブレダは腕組みしてしばし考えた。
考えた、が。
「…いいんじゃね?放っときゃそのうち来るんじゃねーのか?」
「はぁ…」
「それに、俺は馬には蹴られたくない」
「は?」
重々しく頷いたブレダに、ファルマンとフュリーは首を捻った。
その後、その日が終わるまで、ロイの姿を見たものは司令部にはいなかったが、多分彼は負けたショックで家にでも帰ってしまったのではないか―――、と誰もが思い、触れないでおいた。
しかし翌日出勤してきた彼は、予想に反してかなり浮かれており、次のような謎の一言を部下達にもらしたという。
いわく。
試合に負けて、勝負に勝った、と。
―――何が起こったかは、翌日早いうちに逃げるようにどこかへ旅立ってしまった鋼の錬金術師だけが知っている。
おしまい。
作品名:仁義なきバレンタイン 作家名:スサ