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イチゴミルクパッケージ

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 二日前、教室にチョコレートケーキを持って行った。お菓子メーカー主催のバレンタインに向けたクッキング教室で作ったものだ。不思議そうな表情のクラスメイトにどうしたのと問われ、友人に巻き込まれたと説明すれば、皆、一同に納得したようだった。
 もともと、花宮真は甘いものが苦手で、クラスメイト全員がそれを知っていた。好きな人にあげれば良いとも言われても、ガトーショコラは日持ちしないし、部活があるため作り直す時間もない。なにより、そんな手間をかけてわざわざ作り直して渡す相手もいなかった。
 そんな、バレンタイン当日。


 花宮はいつもの荷物に加えて、チョコレート菓子をバッグに忍ばせていた。よくコンビニで見かけるいろんな味のシリーズになっているチョコレートの未発売品のイチゴミルク味。この前のクッキング教室で試供品として配られたものだ。
 もちろん、花宮が自分で食べる用ではない。

「ひとつも貰えないのが可哀想だから、恵んでやるだけ」

 言い訳を並べ立てて正当化しないと保てない自分に、花宮は馬鹿馬鹿しいと自覚する。けれど、そうでもしていないとこんなイベントごとに便乗出来ないこともわかっていた。
 やらなきゃ良いのに。
 自分でもわかっているのにやめられないのは、偏に好きな人が出来てしまったからだ。
 なんであんなやつ。
 何度もそう思っても、どうしても目で追ってしまって、他の女の子と話している姿を見ると、嫉妬してしまっている事実から、そろそろ目をそらせなくなってきた。

「面倒くさい……」

 色恋沙汰という浮かれた感情が。そして、そんな感情に振り回されている自分も。それでも、頭の中では無意識に計算してしまうのだ。


 今日は委員会があるせいで、部活前に接触するのは難しい。部活後は男女で終わるタイミングが違うため、下手をすればあえないことになる。
そうなると、チャンスは昼休みしかなかった。
 早めの昼食を済ませると鞄の中からチョコレート菓子を取りだし、ブレザーのポケットに突っ込む。今日の委員会で事前に聞きたいことがあるからという理由でクラスメイトを振り払い、二年の教室に向かう。
 わざわざ渡しに行くだなんて、あいつを喜ばせることなんて絶対にしたくない。
 花宮はあくまで二年の教室に寄ったついでに、たまたま持ってたチョコレート菓子を恵んでやるだけ。
 たどり着いた教室をのぞきこむ。真っ先に見つけてしまうのは、窓際の今吉の席だった。
 たまたま、視線の先にあるだけなのに。そして、なんの巡り合わせか、今日はその席に、かわいくラッピングされた袋が入ったビニール袋を見つけてしまう。
 クラスメイトにもらったのだろうか。一瞬のうちに思い浮かべるが、気づかないフリをして、声をあげる。

「すみません、委員長いますか」

 誰にと言うわけでもなく投げ掛けた言葉で、一斉に注目を浴びる。振り向いた顔を片っ端から確認しても、どうやら委員会の先輩はいないようだ。
 代わりにやって来たのは今吉だった。予想通り、からかいにでも来たんだろう。

「まこっちゃんやーん。なになに、ワシに会いに来てくれたん? ええで、ジブンからのチョコやったらいくらでも貰う準備はできてんで」
「あんたの耳と目は節穴ですかね、今吉先輩。委員長に用があるんですよ」

 委員会の資料で一発しばくと、ケラケラと笑いながら痛いなんて嘘をつく。

「女バスの後輩にせがまないとチョコのひとつも貰えないとか哀れ過ぎですね」
「大好きな女の子から欲しいんやん」
「言ってろ」

 抱きついて来そうになる今吉をかわす。好きとを言われて嬉しいなんて、そんな気持ちを表に出すわけにはいかない。いつ、揚げ足を取られて陥れられるかわからない。

「まこちゃんってば、ホンマひどいわー。こんなに好きや言うとんのに三分の一も伝わってないやなんて」
「一厘たりとも受けとりたくないですね。気持ち悪い」

 いつもの応酬。そろそろ今吉のクラスメイトに顔も名前も覚えられてしまっただろう。

「いい加減、気持ち悪いんでーー」
「あの、今吉先輩っ!」

 突然、湧いて出た声に振り向くと、一人の女子がいた。
 確か、バレー部の。
 体育館で何度か見かけたことのある彼女は、胸に百円均一のお店で売っていそうなシンプルな紙袋を抱えていた。

「あの、少しお時間大丈夫ですか……?」

 恥ずかしさでまともに顔も見られないのか、視線が下を向いている。そして、耳は真っ赤に染まっていた。これは、そういうことなのだろう。

「良かったじゃないですか。私はお邪魔にならないように失礼しますね」
「あ、ちょ、花宮!?」

 愛想笑いを向けて、さっさと二年の教室を後にする。今吉も、さすがに後輩を振りきってまで追いかけては来ないだろう。
 いつもよりも早足で一年の教室に戻る。ポケットに突っ込んだ右手で、渡す相手を失ったチョコレート菓子の袋を握る。
 きっと、あいつは今頃告白でもされているのだろう。
 可愛いと評判の女の子だったから、嫌な気はしないのだろう。もしかすると付き合うことになるかもしれない。
 花宮は勝手な想像にため息を漏らす。

「お、花宮。こんなとこでなにしてんの?」

 顔をあげれば、クラスメイトの男子。普段、休み時間にトイレ以外へ教室から出ることのない花宮がうろうろしていることが珍しいのだろう。

「ちょっと二年の教室に。……そうだ、これやるよ」

 掴んでいたチョコレート菓子を男子に押し付ける。

「え、ナニコレ」
「一個も貰えないやつに恵んでやる用。渡そうとしてたヤツがいろいろ貰ってたみたいだし、お前にやるよ」

 いらないことまで話してしまった気がするけれど、相手も気に留めていないようで大人しく受け取っていた。

「なに、それは俺がほかにチョコを貰ってないと思ってんのかよ」
「あれ、一個でもくれたやついんの?」
「いるわけねーだろ」

 ありがたく貰っておきます。
 下らない会話をして、さっさと教室に引きこもる。
 今日なんてただの一日で、何事もなかった。たとえ、今吉が告白されて彼女ができたとしても、花宮にはなんの意味もないことなのだ。