イチゴミルクパッケージ
あかん、タイミングが悪かった。
昼休みの出来事を反省しながら、今吉は体育館に足を運んだ。隣で準備をしている女バスを眺めて、花宮が委員会だったことを思い出す。
一つ下のひねくれた後輩が面白くておちょくっているうちに気に入ってしまったのだ。そして、よくよく観察して相手も自分に気があることがわかったのは随分と前で。
微妙な距離感が楽しくてこのままの状態を維持しよう思っていたのは今吉自身なので不満はないのだが、 せっかくのバレンタインくらい好きな女の子にチョコレートを貰いたいのが男の性というものだ。
「惜しかったんやけどなぁ」
取り戻せないとわかっていてもぼやいてしまう。もうちょっとで、ポケットから何か取り出してくれようとしていたのに、妙な邪魔が入ったせいで結局のところ、もらえずじまいだった。
着替えてから、コートの隅でストレッチをする。
「今吉先輩。ちょっとご相談いいですか?」
神妙な面持ちで話を切り出したのは、一つ下の後輩。花宮と同じクラスだったはずと思い出す。
「ん、どうしたんや?」
「あのですね、今日、バレンタインじゃないですか。それで、ひとつ貰ってしまったんですよ」
すっと差し出したのは、コンビニで売っていそうなパッケージのチョコレート菓子。しかし、それは初めてみるパッケージだった。
「え、なにそれ新作? そのシリーズ好きやけど、初めてみたわ」
「そうなんすか?」
「おー。今回のもうまそうやな」
またコンビニをはしごでもして探しに行こう。
後輩の相談そっちのけで、週末の予定を頭の中で立てる。
「でも、これ、他の人に渡すみたいだったんですけど、その人がいっぱいチョコをもらってたみたいで……その人はいらないだろうから一つもチョコ貰ってない俺にくれたんすよ」
「へー。一つは貰えてよかったやん」
「そうなんすけど、本当に俺がもらってよかったのかなって」
貰えるものはありがたく貰えば良いものを。
「ええんちゃうか。その男かて、充分にチョコを貰えてんなら一つくらい気にせんやろ」
他の男のチョコレートの数が増えるのは気に入らないが、減るのは問題ない。それが、自分の後輩に回るなら文句もない。
「ありがとうございます。今吉先輩にそう言ってもらえると安心します」
「難儀な性格やなぁ」
本当に安心したのか、ようやく笑顔になる。気にしていないフリをしていても、男にとってバレンタインは一大事だと痛感する。今吉もいくつかもらえたが、やはり花宮からもらえなかったのがとても残念で仕方ない。
放課後、チャンスあるとえんやけど。
自分からわざとらしく絡みに行くことも出来るが、そうすると頑なに拒否される恐れがある。その加減が難しい。
「だって、花宮からのチョコっすから。今吉先輩の許可取らないと後が怖いじゃなっすか」
多分、渡そうとしていたのって今吉先輩だと思うんで。
「今、なんて言うた?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。
「花宮が先輩に用意したチョコだから、先輩に許可取っておこうと思ったんですけどね」
念を押して確認する後輩。今吉はその足を掴む。このまま、彼をみすみす逃がすわけにはいかない。
「先輩?」
「今すぐ、そのチョコこっちに渡そか」
「え、一つくらい気にしないんじゃないんですか? 今吉先輩ともあろう方が後輩から巻き上げるなんて……」
「花宮のチョコは別モンにきまっとるやろうが!!!」
この叫び声について一部からクレームがきていたなんて、今吉の知ったことではなかった。
作品名:イチゴミルクパッケージ 作家名:すずしろ