イチゴミルクパッケージ
離れること一メートル。花宮は今吉の後ろを歩いていた。しかも、なぜか今吉は上機嫌なのだ。珍しい様子に警戒する以外の対策が取れない。
この日は委員会を理由に遅れた以外、いつもと変わらない調子で部活動を終えて、解散した。そのまま、チームメイトと帰ろうとしたときに今吉に捕まったのだ。『スマンけど、花宮借りてもええか?』なんて先輩に言われてしまえば、同級生は断れるわけがなかった。
勇気を振り絞れ。自分に言い聞かせて、花宮は口を開いた。緊張が走る。
「何かあったんですか」
「ん? ああ。欲しかったチョコ貰えてんか」
「それはそれは。良かったですね」
引き攣った表情で、言葉を返した。
足を止めて振り返る今吉の顔は裏のない笑顔で、逆に恐怖を覚える。そんな妖怪をこんなにも笑顔に出来るチョコレートの贈り主を心から賞賛したいと強く思う反面、わずかながら嫉妬心を覚えた。
あいつの表情をそんなにも簡単に変えられるなんて。
「で、あの子と付き合ったんですか? それなら、私と帰るよりも――」
「あ、自慢してええ? これなんやけどな」
人の話を聞け。
思わず怒鳴りそうになったところで、差し出されたパッケージに思わず目を奪われた。クラスメイトに押し付けたはずの、チョコレート菓子のパッケージ。
「それ、は――」
一歩踏み出し、近づいてきた今吉が花宮の手を掴む。逃げられない。
「出来れば、手渡しで渡してもらいたかったんやけどね」
「てめぇにやった覚えはねぇよ。後輩から巻き上げるなんてサイテーだな」
振り払おうとして、握る手の強さに上手く離せなかった。。
「でも、ワシに渡そうと思ってたんやろ? 本人もそう言ってたで」
「ただの思い込みでしょう」
「んー……」
握った側の親指で、今吉は花宮の手の甲を撫でる。その手つきが妙に優しくて、思わず眉を顰める。
「思い込みでも何でも、ワシは花宮の用意してくれたチョコを貰えて嬉しかったんやで」
もう一歩、踏み込んでくる。
「今回の一件でちょっと反省したわ。いつまでもそのままやと、こっちがもたんし」
「は?」
顔を上げると、今吉の顔が近づいてくる。思わず目を閉じれば、額に何かがぶつかった。
「そろそろ、付き合おか。ワシな、花宮がワシにチョコくれへんのも、他の男にチョコ渡すんも、嫌やねん。やから、ワシだけ見てや」
「――っ何言って」
「好きや。ワシは花宮真が好きや」
声が近い。意味の分からない言葉を言われ続けている。
非日常の状況に、花宮の理解が追いつかず、顔の温度が上がる。物理的に額を押さえられているからではなく、顔を上げてしまえば赤く染まったそれを見られてしまう。
「やから、付き合おう。……あかん?」
あまりに真剣に言われてしまえば、花宮も普段の調子は出ない。答えを求める沈黙に絶えられなくなったのは花宮のほうだった。
「私、は――」
作品名:イチゴミルクパッケージ 作家名:すずしろ