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年上の男の子

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[1]

 安宿がある辺りとは即ち、安く粗野で時に下卑た飲み屋も集まる界隈。そこまではいい。だが、ひとつだけ違和感。
 …なるほど、こういうのを掃き溜めに鶴というのか。
「…何やってんだ、あんた」
 放っておけば早晩身包み剥がされてどぶにでも捨てられそうな知り合いを無視できず、渋々エドはカウンターにのめりこみそうな男に声をかけた。
 まったく…、馬鹿か自意識過剰のどちらかだとは常から思っていたが、今わかった。単にこいつは世間知らずなのに違いない。自分より一回り以上も年上のくせに。
 ほら、このとろんとした目。
 一体自分が誰だかわかっているのだろうか。
「おい、起きろって」
 そのまま普段通り階級で呼ぼうとして踏み止まる。こんなところで、素性を明かすような真似をするものではないだろう。
「…ぁ?」
 暢気なもので、男は眠そうな目を数度瞬きさせてからようやくエドに気付いたらしく、一瞬考える素振りを見せてから顔をほころばせた。
「は」
 嬉しそうに―――嬉しそうに?嬉しそうに…―――呼ぼうとしたその男には皆まで言わせず、エドは彼の口を押さえた。それから、店主らしき男に一度目配せ、空いた手でポケットから適当に金を探し出し放った。店主は拭きさしのグラスを持ったまま、もう片手でパシッと金を受取る。その様子を確かめるでもなく、エドは自分より頭一つ以上大きな男をカウンターから引っぺがした。
「…おぉう」
「転ぶなよな。重くて運べねーから」
 後ろを振り返ることなど勿論せず、エドは言い捨て男を外まで引っ張り出した。そしてそのまま夜の街をずんずんと進んでいく。その背中はたいそう逞しい。彼の眼差しと同じほどに。
 そして、ここらでいいだろう、とエドが見切りをつけたのは、裏通りでこそないものの何かの荷物が積み上げられていた、どこかの店の裏手。飲み屋というより小料理屋なのか、食べ物のいい匂いではなく悪い臭いの方が漂っていた。たとえば使い古した油の臭いとか、生ゴミの臭いとか。けして気分のよい場所ではなかったが、臭いといっても微かなものだし、ベンチなどといった気の利いたものも見当たらないから、適当にこの酔っ払いを座らせられる場所を求めた結果そのような場所に落ち着くことになった。人通りはあるが、それでも表通りほど多くはない。そして裏通りというわけでもないから、人の目は適度にあるので、さほど困った連中もいないだろう。それに時間帯もそこまでは遅くなかった。まだ日付は変わっていないはずだ。
 ハァ、と深呼吸してから、エドはきつい目で今は何かの箱に腰掛ける男を見下ろした。そして、口を開く。まるで犬のように無心にこちらを見ている男―――軍では大佐の位を戴いている、ロイ・マスタングを。
「…あんた、あんな店で何してたんだよ?!…大佐殿が来るような店じゃねーんだぜ?」
 大佐、という部分だけさすがに声をひそめる。エドは軍の評判を過不足なく理解していたし、また、夜の裏街の空気も割とよく見知っていたから。
 しかし、いくつも年下の少年にそんな気遣いをされているとも知らず、座らされた男はぼけっとエドを見上げている。いい加減苛立ったエドが思わず手を上げようかと思った時、ひっく、としゃっくりがひとつ。…もはや、エドは絶句してしまい、苦虫を噛み潰したような顔でロイを見下ろすしかなかった。
「…はがねの」
 ろれつの怪しい口調で、ロイは呼んだ。
「…なんだよ」
 それに仕方なく答えてやると、あくまでそれは「仕方なく」の返事だったのに、それを恥じてしまいたくなるほど裏のない顔を見せられて思わず動揺する。
「鋼の」
「…っ、んだよ、酔っ払い!」
「鋼の」
 怒鳴ってしまったのは短気のせいばかりではない、動揺していたのもある。
 だがロイは、怒鳴られたにも拘らず再びそう呼んで、笑った。明るく、陰のない、ともすれば悪意の欠片も感じられない素直な笑みだった。その表情に、エドこそ言葉を失う。
「…君を探してたんだ」
「………」
 再びの絶句に陥ったエドに、ロイは語りかける。

 …聞けば、ロイはエルリック兄弟がこの辺の宿にいるらしいことを何とか突き止め(大方何だかんだで上司を甘やかす性質のあの辺の大人たちが実行犯だ、エドは胡乱げにそう思わずにいられなかった)、宿の名前も知らぬままのこのこやってきたらしい。今頃中尉達は軽く大慌てかもしれないな、どことなく遠いところを見る目つきで、今はエドが頭を抱えた。
 (幸いにも)すぐに「大佐」と…つまり軍の要職にある人物と見て取れるような身形でこそなかったが、こんな場末にいるのはいかにもそぐわない男だ。大方娼婦だか雲助だか…ポン引きだかなんだかに捕まって、そのまま調子よく飲んだのだろう。安酒の回りの早さも性質の悪さも知らないで…普段自分が飲みつけている酒と変わらぬ調子で飲んだのではないだろうか。エドは先ほどカウンターでロイの近くにいたと思しき連中の顔をざっと思い浮かべる。どうせいずれあれらは下の人間だろう、それくらいでまだよかった、と知らず安堵の念を抱いてしまった。
「…あんたなぁ…」
 呆れはしたが、呆れすぎて怒りはどこかに行ってしまっていた。エドの長男気質が刺激されたと見るべきだろう。
 ―――だとすれば、口を尖らせたこの男は。
「君が悪いんだぞ」
「はぁ?!」
 あまりの言い草に、エドは声を裏返らせる。
「聞いたんだぞ、私は!挨拶もなしに明日の朝出発だなんて、冷たすぎるとは思わないのかね?!」
 三度、エドは絶句した。するしかなかった。
 ロイはといえば、すっかり拗ねた顔でエドを見上げている。
「大体君は酷い」
 そして、意外にしっかりした、とはいえ確実に酔っている口調で責め出した。
「私は本気だと言ったではないか!」
 ―――地方は場末の歓楽街、賑わしくはあったが、それでも大の大人が喚いていればいくらかの耳目は集めて当然。はっきりいって、ロイもエドも目立っていた。
 エドは怒りも呆れも飛び越えて、既に泣きたくなってきている。確かに、十代半ばの少年には結構きつい事態だ。
「鋼の、聞いてるのか?」
 いっそ永遠にその口閉ざさせるわけにはいかないだろうか、エドがそんな二律背反の中うなだれているとも知らず、ロイはかぶせるように問いただす。いい加減、いい年をした大人の男がすることではありえない。まして軍の要職にある人間が。
 世の中は間違っている、エドは誰かにそう訴えたかった。そんな、都合のいい相手はどこを探してもいそうになかったけれど。
 …しかも、だ。
「おいおい、痴話喧嘩か?」
「らしいよ、あの大きい方がちっさい方に捨てられそうらしい」
 どこから湧いたか、いや、湧いたのはむしろ自分達なのだろうが、無責任な野次だかなんだかが背中にさっきから突き刺さって居たたまれない。
 勿論「小さい」と言ってくれた奴には何か「お礼」をしたかったが、構うと増長されるだろうことをわきまえ、エドは額に青筋を浮かべ、殺すぞと横目で制するのみに留めた。どうやら気の弱い人物だったらしく、発言者はすすす、と夜の闇に消えていった。
「なんだぁ、そんな甲斐性ねえのは放って俺らと遊ぼうぜー」
作品名:年上の男の子 作家名:スサ