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【カイリン】愚か者め、嘆くが良いわ

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「ここで、いいから」

リンは振り向いて、二人に告げた。マスターとレンの暮らす家は、角を曲がって二軒目だと教えられている。
通りには、着飾った男女が笑いながら歩いていた。道に沿って街路樹が緑色の葉を茂らせ、柔らかな陽光を受け止めている。まるでおとぎ話のような光景。ここに、マスターとレンは暮らしているのだ。

「じゃあ、私達はお墓参りしてくるから」

頭に包帯を巻き、傷だらけ痣だらけのスラッグの姿は、周囲から浮いている。通り過ぎる人々が訝しげな視線を向けてきて、リンは追い払いたい衝動をかろうじて押さえた。

「何かあったら、メールして」

スラッグから渡された紙片を、リンはぎゅっと握りしめた。

「す、すぐ、済む、かも、しれない」
「そう? 大丈夫、どの道も、大抵中央の広場に通じてるから。そこで待ち合わせようね」
「・・・・・・うん」

リンは頷くと、スラッグとカイトを交互に見上げる。

「じゃ、じゃあ、ね。行ってくる」
「いってらっしゃい」
「リン」

カイトが手を差しだし、

「大丈夫だから」
「うん・・・・・・ありがとう」

リンはその手を握ると、さっと身を翻して、目的の家へ駆けていった。


背伸びして、呼び鈴を押す。
瀟洒な作りの扉は、外の世界では到底お目にかかれない代物。何もかも嘘のような気がして、次の瞬間には、キャンプでスラッグと焚き火に当たっているのではないかと、リンはぼんやり考えた。
がちゃりと音がして、扉が薄く開く。中から覗いた金色の髪に、リンが用意していた言葉を口にしようとした瞬間、

「リン!」

相手に体ごとぶつかられて、リンは尻餅をついた。

「レ、レン?」
「ごめん・・・・・・リン、ごめんね・・・・・・ごめん・・・・・・」
「リン!?」

続いて、奥から走り出てきた女性が、覆い被さるように二人を抱き締める

「リン・・・・・・リン! ああ・・・・・・リン、ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

体に掛かる重さと、耳元で繰り返される二人の声が、夢ではないのだと理解した時、リンの目から涙が溢れだした。

「ますた・・・・・・れん・・・・・・ごめんなさ・・・・・・!!」

リンもぼろぼろ泣きながら、「ごめんなさい」と繰り返す。人々が不思議そうな視線を向ける中、三人は人目もはばからずに泣き続けた。



「ハッピーエンド、かな?」

角からその様子を眺めていたスラッグが、カイトを振り向く。

「そうかもね」

カイトは、視線をスラッグに戻すと、

「で? 誰の墓があるって?」
「やだ、ここには、親戚どころか知り合いもいませんよ」

スラッグは顔の前で手を振って笑った。やっぱりこいつは嘘つきだと、カイトは肩を竦める。
もっとも、そうでも言わなければ、リンは別の都市に行こうと主張したことだろう。

「せっかくだから、美味しいものでも食べに行きましょうか」
「贅沢は敵だ、でしょ?」
「いいじゃないですか。乾杯しましょ。リンと、あの子の家族に」

カイトは、もう一度視線を通りに向けた。三人はようやく立ち上がり、家の中に入っていく。

「そうだね・・・・・・今日くらいは」
「そうそう。今日はお祝い」

スラッグが先にたって歩き出し、カイトは閉ざされた扉から視線を外した。

「バイバイ、リン」

どうか、末永く幸せに。



終わり