金色の双璧 【単発モノ その2】
4.
獅子宮の私的空間の奥。こじんまりとした浴室に抱えていたアイオリアを降ろす。「無駄に重い」と文句を垂れても返事はない。意識を飛ばしたアイオリアを今も守るレオを宥めてようやくパンドラボックスへと戻らせる。
アンダーウェアだけになったアイオリアは惚れ惚れする様な肉体を晒している。だが、ぎゅっと固く握る拳や、その逞しい腕や、頬にも黒く変色した血で穢れていた。シャカ自身が驚くほど、シャカは残酷な感情を持て余していた。
全身を支配するそれに思い当たる名称はあったが、あまり認めたくないものだとくつくつと冷えた笑みをシャカは湛えた。
「さて、どうしてくれようか、アイオリア」
目の前にシャカがいたのに拒絶したのだ、この虚け者は。ただほんの少し、容姿が似ていただけでこの為体。もっとも、冥界へ渡るためにしたシャカの仕打ちによってアイオリアの中で深い傷を残していたかもしれないのだと思うと、愚かなこととはいえ、責め立てるのも少々可哀想なことなのかもしれない。
小さな溜息を吐いたあと、シャカは身に纏っていたバルゴを自宮へと送還し、浴室にあるべき姿となる。大きくはない浴槽に湯が満たされたことを確認し、手を伸ばして温度を確かめた。
サァッ……と流れる柔らかな湯音を耳にしながら、丁寧にアイオリアから衣服を剥ぎ取る。まだ目を覚まさないアイオリアに少々アイオロスの打撃が強すぎたのではないかと心配するが、元来丈夫なこの男のこと、精神的ダメージのほうがきつかったのだろうと思いなおし、掬い取るようにして汚れたアイオリアの顔を拭い、きつく握り締めた指を一本ずつゆっくりと広げて綺麗に洗い流す。
両の手を綺麗に洗い流した頃、ようやく「う……んっ」と小さな呻きとともにうっすらとアイオリアが目を開いた。綺麗になったアイオリアの指をシャカは口元に寄せ、そのまま含む。ぺちゃり、ぺちゃりと丁寧に舐め上げる。アイオリアはぼんやりと夢現のようにシャカの好きにさせていたが。
「フ、おまえはまだ寝とぼけているのにソッチはしっかりと起き上がっているのかね」
「ん……シャ……カ?」
相変わらずぼうっとしたままのアイオリアだが、下半身の目覚めは大変よろしいようである。シャカも少々呆れ顔となるが、口に含んでいたアイオリアの指を開放するとグッと両手でアイオリアの顔を挟むと、首を伸ばし、口を塞いだ。
「―――んっ」
自然と開く唇をシャカが舌先を忍ばせれば、当たり前のように出迎えたアイオリアの舌が絡み、今度は逆にシャカを割り開くようにして口内を弄るように侵入し、刺激を与えた。
ぎゅっとアイオリアがシャカの身体を引き寄せ、抱きしめる。そして何度も確かめるように離れてはシャカの口唇だけではなく、額や頬、首筋や胸のあちこちに口付けた。
ひどく性急で熱を帯びたそれはキスなどという生易しいものではなく、きつく吸い上げては赤く鬱血し、所有痕となって刻み付けていた。
「シャカ……ああ…シャカ……ッ!」
噎び泣くようなアイオリアの求めに応じて、やんわりと笑みながら「おまえが欲しい」と強請れば、それこそアイオリアの激情が増した。
『怖かった、またおまえがいなくなってしまうのだと―――』
『許さない、ひとりで逝くなど、絶対に―――』
過ぎたはずの恐慌に再び囚われかけて混乱するアイオリアの瞳にはうっすらと滲むものがあった。
シャカにすればまったくお門違いの責めでさえ、そんな切羽詰った有様を見せつけられればいじらしいとさえ思ってしまったシャカである。アイオリアの瞳を占領し、滲み溢れ出しては頬へと落ちていく滴を零すまいとシャカは舐め取った。
嬌声さえあげつつも宥め梳かして、アイオリアのありったけの愛撫と激情を浴室に留まらず、寝台の上でも幾度となく受け止めたシャカ。正直、抱き潰されるかと思ったが、なんとか落ち着きを取り戻し、健やかな眠りに包まれたアイオリアの寝顔を見下ろしながら、眠りに堕ちていきそうな身体をシャカは動かした。まだ、やり残したことがあるのだ。
「―――おやすみ、リア」
軽く唇に触れる様な口づけを与えたシャカは寝室に置いてあったお泊りセットからゴソゴソと服を取り出し、手早く纏うとのっそりと寝台から抜け出した。
じきに朝が訪れる。夜明け前の静まり返ったまだ昏い空の下、冷えた石段を昇り、処女宮に身を滑らせた。
シャカの定位置とする蓮の花を模した台座の前に例のアレが袋に入れられ置かれていた。約束通り運んでくれていたようだ。結ばれていた紐をほどき、冷たくなった死者の姿をしっかりと両眼を開けて観察する。
「………アイオリアの心を曇らせたのはおまえなのか。いいや、違うな―――私だ」
ただ、惑わされたのだ。シャカを守りたいというアイオリアの純真を弄ぶようにして、この者は死を刻み付けた。既に死んだからといって、この者が犯した愚かな行為は決して赦されるものではないとシャカは睨み付けた。
くつりと口端を上げて、蔑むように見下ろす。
「あの男は私のモノ。あの涙すら私のモノだ。貴様の行為は万死に値するが……せめてものよしみだ。私自ら引導をくれてやろう」
ぶわりと小宇宙を最大限に高めて解き放つ。肉の一片も髪の一本すらこの世界に残さぬように、と。
塵と化していくさまを見つめ、跡形もなくなったところでようやくシャカは満足したように瞼を降ろして何事もなかったように蓮の台座へと座したのだった。
Fin.
作品名:金色の双璧 【単発モノ その2】 作家名:千珠