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金色の双璧 【単発モノ その2】

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3.

「―――アイオリア」

 アイオリアの前に跪いたシャカはアイオリアの顔を覗き込んだ。すっかり憔悴しながらもなお、生命の兆候を感じぬ者からその手を離そうとしない。アイオリアが大事に抱えている相手の顔をシャカは眇めて、嫌悪を露わにした。

「………アイオリア、惑わされるな。私は此処にいる。今、お前の目の前に」

 ぐいと視線を引き離すように強引にシャカはアイオリアの顔を両手で挟み、自らへと向けた。

「なんという目をしているのだ、君は――」

 抜け殻のようなアイオリアの瞳。シャカの表情が険しさを増す。冷えたような、それでいて身を灼くような……何とも言えぬ不快な感情を覚えたシャカ。苛立つ波に流されそうになりながらも、強引にアイオリアから引き離そうとしてもきっと、頑としてその手を離そうとはしないだろうという確信があった。その手に抱く者をアイオリアがシャカだと思い込んでいる限り。

「―――アイオリア、アイオリア……」

 アイオリアの耳元に唇を寄せ、シャカが囁く。傍から見ればまるで愛を請うようにしか見えないため、「おいおい…マジかよ」とデスマスクあたりはニヤつき、どうしたものかとサガなどは視線を泳がせた末にシオンとうっかり目が合ったものだから、気まずそうに誤魔化し笑いを浮かべるしかなかった。

「ああ、まだこんなところにいた!約束の時間、とっくに過ぎてますよ、教皇―――って……何やってるんだ、おまえら?」

 底抜けに明るい調子でいつものようにツカツカとご登場のアイオロス。一斉に皆の視線が集まる。

「え?何??ひょっとしてマズイところにきた?」
「アイオロス……おまえな」

 頭を抱えるサガの肩に腕を乗せるとアイオロスはそのまま体重をかけ、凭れ掛けながらシオン、次いでデスマスクに視線を投げかけた。クイっとデスマスクが顎で指し示す方向へとアイオロスは目を向けた。その場所にはアイオリアとシャカ。そして、あと一人の姿を認めた。緊迫した雰囲気をようやく感じ取り、アイオロスは肩を竦めて声を押さえた。

「あらら、何事かうちの弟がやらかしましたか?」
「――東方で起こった暴徒の件を青銅と白銀に調べさせておったのだが、連絡が途絶えてのう。それでデスマスクとアイオリアをやったのだが……結果、ああなったようだ」

 こめかみ辺りを人差し指でぐりぐりと押さえながら、「困ったことよ」とシオンが呟く。すかさずデスマスクが呆れ顔で愚痴る。

「俺がいない間によ、敵さんと戦闘になったようで……アイオリア自体は無事だったんだけどよ……あいつが抱え込んでいる奴がまぁ、そこの乙女野郎に似てやがってさ。アイオリアの頭の螺子がどうも、ぶっ飛んじまってんだか、心が折れちまったかで、ず~っとあんな調子でさぁ……お手上げ状態ってとこなんだよ」
「へぇ……そんなに似てるのか。なぁ、サガ」
「多少、な。シャカのほうがもっと洗練されている」
「はいはい、親バカ発言入りました。どうもー」

 軽く流しながら、凭れかかっていたサガの肩をポンポンと叩いたあと、アイオリアの背後へと立った。シャカがアイオロスに気付き、顔を上げた直後。

「よっと!」

 トスッとアイオリアの襟足に綺麗な手刀が決まり、「うっ」と小さな呻きとともにアイオリアがシャカの方へと倒れた。

「アイオロス……」

 咎めるようにシャカが眉間に皺を寄せるが、それも一瞬だけで次には「ありがとう」と礼を告げた。

「どういたしまして。うちの愚弟がご迷惑ばかりおかけしております……と、ふ~ん、ほうほう……なるほど。これはまた……よく似てるな、こいつ」

 脱力したアイオリアから例の者を引き離し、しゃがみこんで検分するアイオロスが溜息を吐いた。遠巻きに眺めていたシオンとサガも近づいて小さく唸る。

「私はアイオリアを休ませるために一度下がろうと思いますが……教皇、検分のあとでその者を私の宮へ運ばせておいては貰えませんか」
「ああ……構わないが、葬ってやるのか?」

 わざわざおまえが?と好意的にシオンはシャカを見たが「ええ、丁重に」と返された、這うようなシャカの冷たい微笑にまったくの勘違いをしていたのだとシオンは気付かされる。

「ま、まぁ……あまり死者に鞭打つような真似はしてやるなよ」

 シオンはコホンとわざとらしい咳払いをしながら、サガたちに「後は任せる」と丸投げしてそそくさと退散していった。
 「では」と腕に抱えたアイオリアとともにシャカは瞬く間に姿を消した。「テレポート禁止だといのに……」と小さなサガの呟きを聞きながら、アイオロスは柔らかな笑みをようやく消して、物言わぬ死者を見下ろし、両の瞳を薄くした。