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金色の双璧 【単発モノ その2】

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2.
 初恋は叶わないという俗説は正しいと思う。叶わなくて当然。叶うはずもないのだ、アイオリアの場合は特に。叶わなくって結構、全くもって問題ない。だって相手はあろうことか自分と同じ男の子だったのだから―――。
 一発目から間違えてしまった恋だけれども、今度は正真正銘、青春まっしぐらな恋なのだ。アイオリアは人目も憚らずにどっぷりと嵌っていた。
 それはもう、アイオリアのことを知る誰もが訝しむほどだ。怪しく突飛な行動をするようになっていたアイオリアは胸を張って恋煩いといえる病にしっかりと罹っていたのだ。
 ぼーっとして意味ありげな溜息をついたり、活けられた花という花の花弁を毟り取ったり……。アイオリア本人は別として、周囲の者たちにすれば気持ち悪くて仕方ない状況だった。春の気に当てられた残念な状態なのかもしれないと治療院に押し込まれもしたが、至極真っ当だったりするものだから、すぐに無罪放免というわけである。
 アイオリアの変化が実はとてもくだらない理由だということを知らぬ周囲の者たちは困った挙句、助け舟を求めた。それは伝言ゲームのように次から次へと人から人へと繋がり渡って、巡り巡ってインドで修業中のシャカへと辿り着くこととなった。
 そして、朝から降っていた雨がいよいよ本格的になり、時折勢いを増してアイオリアが住まう草臥れた小屋を打ちつけていたある日のこと。
 いつも通りアイオリアは愛しい彼女を想いながら、アンニュイな気持ちに拍車をかけていたが、それでも日課の筋トレに勤しんでいると、玄関扉を叩く音が聞こえたのだった。
 扉を叩く音が聞き間違いではないかとアイオリアが気を澄ますと、それは聞き間違いなどではないのだとわかった。外から感じるしっかりとした小宇宙。誰なのかすぐにアイオリアは察して、玄関扉を開けたのだった。
「……なんでおまえがここにいるんだ、シャカ」
「なぜであろうな……話せば長くなる」
 突然アイオリアの前に現れたシャカはひどく気分を害したような、不機嫌真っ只中という表情を隠そうともせず、剣呑さを纏っていた。まるで豪雨の中をアイオリアが呼びつけでもしたかのような非難めいた雰囲気である。
「とりあえず、わたしを家の中にいれたまえ。濡れるであろうが」
「ああ、悪い。そうだな」
 そう言ってシャカを招き入れ、扉を閉めた瞬間、いきなりシャカはアイオリアにずいずいと迫りながら、捲し立てた。
「アイオリア!一体きみは何を呆けているのかね?わざわざ聖域くんだりまで呼び出される私の身にもなりたまえ。第一、なぜ私がきみ如きのために足を運ばねばならぬ?まったくもって理不尽であろうが。私がインドにいるのは遊ぶためではなく修業のためであって……」
「いや、ちょっ…シャカ、近い、近いって!」
 もう、本当に顔が近すぎるのだ。目を瞑ったままのシャカにすれば至近距離だろうが何だろうがあまり関係ないのかもしれないが、アイオリアからすれば心臓が飛び出るほどの状況なのだ。うっかりアイオリアが口を突き出せば、それこそキスでもしかねないほどに。
「―――って、俺なに考えてんだ!?うぅっ」
「……?」
 思わずアイオリアは顔面を紅潮させながら、くるりと向きを変えると、玄関扉に向かってガンガンと額を打ちつけた。だが、あまりにも勢い良すぎたのか、思わず立ち眩んでしまい、その場にしゃがみ込む有様である。
「何をしているのかね、アイオリア」
「いいから……もう……そっとしておいてくれ……頼むから!」
 うっかりシャカとのキスシーンなんか思い浮かんだなんて口が裂けても言えるはずもなく、顔を真っ赤に染めたまま、アイオリアは顔を俯かせた状態で叫んだ。
「きみは本当によくわからないことばかりするな」
 そう呆れるように言ったシャカはようやくアイオリアの傍から離れると、起き抜けのままになっていたアイオリアのベッドの端にちょこんと腰を下ろすのだった。



「―――それで?その『そふぃー』ちゃんとやらと、きみはどうなりたいのかね」
 結局、シャカに問い詰められて洗い浚い吐き出したアイオリアは最も恋なんてものと縁遠そうな相手に相談する羽目になっていた。こんな恥ずかしい話をするのに面と向かってなどできなかったので、アイオリアの視線はシャカの顔ではなく手元に定められていた。
 面白いことにシャカはあまり表情を豊かに変えたりはしないけれども、意外にその指先は表情豊かに動いて見せていた。新たな発見だと内心でアイオリアは喜びながら、色白く、細く整った指先がしなやかに空を踊るさまを楽しんでいた。
「そりゃあ……もちろん……両想いとかになって、いわゆる恋人とかなれたらなぁ~って」
「ほう。ではその為にどうするべきかは当然わかっているのであろう?」
 ゆらゆらと突き立てられたシャカの人差し指が左右に揺られ、思わずとびつきたくなる心境を抑える。猫じゃあるまいし、と。
「いや、まぁ、それはその…」
「歯切れの悪い。女々しいぞ。男らしくないな」
「……!そうは言ってもだな、おまえ。こういうことはデリケートな問題で」
「おまえにデリケートなどという言葉が存在したとはな」
 うっすらと笑みを浮かべるシャカ。シャカはこの幼気で繊細な俺の気持ちを弄んでいる!とアイオリアは懐疑的になる。
「悶々と自らに問うてばかりでは埒が明かぬであろうが。その者にさっさと気持ちを告げればよかろうが」
「万年内問答しているおまえにだけは言われたくはないけど。それに俺はおまえと違って気安く聖域からほいほい出ていけないっての!」
「ふむ……ではこういうのはどうかね?私が協力してやろうではないか。それでよかろう?」
 少しばかり思案に耽る間、くるくるとシャカの指先は金色の髪を掬い取り、巻き付けたが、すぐに髪はするりと指先から離れていった。
「え、まぁ、それなら……って、外に出られるのか?俺が」
「そのようなことなど、私が付き添うことにすれば簡単に許可は下りるであろう」
「そうか、そういう手もあったな。それなら大丈夫だろうけど。でも本当にいいのか?」
「何が?」
「いや、おまえにすればくだらないことだろう?そんなことに付き合わせてもいいのか?」
「もうすでに付き合わされておるわ、この戯け者が」
 確かにそうだな、とアイオリアは反論することができずに引き攣り笑みを返すしかなかった。その後、善は急げではないが、この大雨の中、早速行動に移そうとするシャカには仰天したが、こんな日だし、心の準備も必要だしと色々言い訳をしてようやく、シャカを思い留まらせるのに成功した時にはすっかり腹の虫がうるさくなったのだった。