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金色の双璧 【単発モノ その2】

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4.

 ―――ああ、またか。

 幻滅の溜息を一つ吐き出しながら、戸口に挟まれていた手紙を手に取り、そのままゴミ箱へと放り投げかけたがアイオリアは思い留まった。手紙を読んで見たわけではなく、ただ僅かに発せられた思念のようなものが、ひどく禍々しいものだと感じたからだ。
 怪訝に思ったアイオリアは手紙の封を切り、内容に目を通すと表情が一段と険しいものとなっていった。鋭い眼差しでかろうじて一つだけ動き続けている時計に目を向ける。
「急がないと」
 短く言い放った後、アイオリアは手紙を投げ捨てて駆け出した。唇を固く引き結びながら、ぎゅっと拳を握りしめる。
「まったく」
 女という生物は不思議な生き物だった。あまり知らなかった頃は柔らかくて、温かくて、優しくて、愛らしくて、儚くて、守ってやりたいと心底に思ったものだ。でもそればかりではなかった。とても面倒な感情の生き物だった。意味のわからない不機嫌、泣いたり怒ったり。そうかと思えば笑顔になったり。突然訪ねてきたり、突然呼び出されたりもした。
そんなことをしても許せるのは今まで一人だけだった。当然とばかりに要求されても厭だとは思ったこともなかったのに、なぜだか彼女たちに同じようなことをされると無性に腹立たしさを覚えた。
 そして、いつしか不安ばかりを口にして、疑うことしかしなくなるのだ。四六時中甘い言葉を囁き続けなければ、生きてはいけぬ生き物なのだろうかとアイオリアなりに考えてはみたけれども答えは見つからないままだった。
 結局のところアイオリアの行動を疑いこそすれ、信じては貰えぬのだろうと思うに至った。相手が望むままに別れ、そして新しい出会いを幾度も繰り返していくうちに恋愛というものは色々な形をしていたけれども、結ばれた者は無駄に競い合い、比較して結局自らを傷つけていく弱き者たちが大半だった。付き合う前には輝く笑顔に満ちていた者も必ず色褪せていくのだ。
 それだけならばまだいいが、錆びていくのだ、人としても。きっと原因は自らにあるのだという考えに至るのだが、そうなれば遠ざけるしかないとアイオリアは思った。
 傲慢に尊大に振る舞い続ければ、きっと近づく者もなくなる。そう思っての行動も何故だかうまく伝わらなくて、意味がなかった。
 最初からほかに好きな者がいると話したとしも「それでもいいから」と言っていたその口が「どうして私だけじゃないの?」と責め立てる。
 正直面倒だと思っている。最近では知らぬところで痴情の縺れなどとくだらない事態にさえなっていて、本当にアイオリアはうんざりしていた。別に女性ばかりと限った話ではないのもわかっているつもりだ。男だって好いた者を手にするために時に殴り合い、あるいは国を傾ける者すらもいる。要は自分にはこういった恋愛ごとなど心底向かないのだということだけはアイオリアにはわかった。
 最近ではそれこそ、バッサリと割り切って肉欲だけの関係しか持たないことに徹底していたつもりだ。それ以上を求める者とは近づかないし、近づけないようにしていたのだが、中には満たされぬ想いを腹黒く煮え返らせる者もいるようで、時々、他者に危害を加えようとする者もいた。大概は丸く収めてきたが、今回はどうも厭な感じがした。ねっとりとした情念が手紙に纏わりついてその思いだけで燃え上がりそうな勢いだった。
 そんな黒い情念のターゲットにされた者は聖域外部の者で思い出したように関係を持つ、アイオリアの心には響く、さっぱりとした気質の者だった。無駄口を叩くこともなく、ただ互いに持て余した熱を発散するように口づけを交わし、身体を重ねるだけで満たされる様な。
 細身の身体に這うような長く伸びた金色の髪を波打たせ、涼やかな目元に悪戯っぽい笑みを浮かべながら、アイオリアを見つめる美しい女性だった。その姿はある特定の人物を想起させるものだったが、アイオリアは気付かないふりをし続けた。
 たまにしか聖域に訪れることのない彼女がくだらない嫉妬の矛先を向けられることはないと高を括っていた。
「どうか無事で」
 アイオリアは己の甘さに歯噛みしながら、闇夜を疾走した。鏤められた宝石のように瞬く星を見上げる余裕などこれっぽっちもない。嫉妬に狂った女の性質の悪さには戦慄すら覚えるアイオリアはただ祈るような思いで書き記された場所に向かう。そして辿り着いた時、その丘の名の由来のようにアイオリアはただ一点を見つめ、石のように立ち竦んだ。



 ふわっと風にたなびくのは長い髪。漂ってくる花の香りと血の香り。その者は縛られ、木の枝に無残に吊し上げられていた。だらりと力なく俯いたままで、ひどく憔悴しているように見えた。
「なんということを……」
 沸々と湧き上がる怒りに我を忘れかけながらもアイオリアは拳を放ち、見事にロープに命中させると、粉々にロープは引き千切れた。当然のこと吊るされていた者が落下するが、駆け寄ったアイオリアの腕にきちんと収まり、そのまま地面に激突するという惨事は免れたのだった。
 細身の肉に食い込むロープをアイオリアは注意深く取り払って、顔を覆い隠していた髪を取り除いた時、再びアイオリアは目を剥いた。
「え……これは…どういう……こと…だ?」
 シャカだった。シャカの顔なのだ。何度か目を瞑っては見開くが、似ているというわけじゃなく、どう見てもシャカその人でしかないのだった。幻覚なのかと混乱する頭を必死で整理しようと努めるアイオリアに決定打が下される。
「アイ…オリ…ア……か……」
 微かに絞り出された声はやはりシャカ以外の何者でもないのだとアイオリアに告げていた。
「シャカ、おまえなのか?一体、なんでこんな……」
 傷だらけなのはさることながら、生々しいほどに白い肌がきわどく裂けた布から見え隠れしていた。煽情的すぎた。ドクンドクンと激しく打つ鼓動に支配されそうになるのをアイオリアは必至で堪えてみせた。
「アイオリア………」
「誰が……一体、誰がおまえにこんなことを」
「―――それは」
 言えない、とシャカは口を噤んだ。一応、ミロとの約束は約束であったからだが。すると「あいつら……」と小さく呟いたアイオリアはますます表情を険しくしてみせた。
 シャカにはわからなかったけれども、アイオリアには心当たりがあるらしい。そしてそのことがアイオリアの変化に関連しているのではないかとシャカは考え、そのまま沈黙することにした。と、いうよりもそうせざる得なかったというほうが正しい。猛烈な眠気に襲われて、シャカは意識を保つのもやっとの状態だった。
「とにかく、手当を…少しの間我慢しろ」
 抱えていたシャカの身体を慎重にアイオリアは背に乗せなおすと、なるべく揺らさないようにと気遣いつつも足早に駆けていった。
「―――や~っぱり、脈ありだな。うん」
 静けさを取り戻したゴルゴーンの丘に再び現れたミロは呟いた。月の光はないけれども満天の星が煌めき夜空を彩る最中、木の根元に腰を下ろし、愛の女神を賛美する歌をミロは口遊んだ。
 



Fin.