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奏で始める物語【春】

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 情緒溢れる蝉の鳴き声が窓越しに一室へと届く。
 遠くでは野球部の掛け声が。廊下側からは校舎の所々でパート別の練習をしている吹奏楽部の楽器の音が。
 統一性のない、しかし学び舎に相応しい活気溢れる様々な音が一室の主の耳を掠め、そして苛立たせていた。
「だぁぁーっ! もう、うっせぇ! 集中出来ねーっ!」
 言葉と一緒に手にしていたボールペンを机に叩きつける。跳ね返ったそれは男を横切り、床に乾いた音と共に落ちた。
 金属音を立て、背凭れに全体重を預けて男は天井を仰ぎ見た。その口からは呻き声が漏れる。
 空の色を思わせる青色のシャツにだらしなく結ばれたネクタイ。背凭れに掛けられ、今は男に潰されている白衣は普段から男が着衣している物だ。
 夏の高校球児と同じく熱い、もとい暑い夏の日差し。雲一つない空からそれは容赦なく男の居る部屋にも届けられ、男の苛立ちの元となっていた。
 肘までシャツを捲り上げて、胸元もだらしなく開け放っている。しかし、一向に暑さは引く事はない。
「くそー。何でこんな時に限ってクーラーが壊れんだよー……」
 力無い声で呟きながら男は気だるげに好き放題に跳ねている己の髪の毛を掻き揚げる。指に纏わりつく銀髪の感触に顔を顰めた。
 普段ならばこの準備室はクーラーの冷気で満たされ、それはそれは過ごしやすい一室なのだ。堂々と室内設定を下げまくれるこの自分の城とも言える準備室を男は大層気に入っていた。――今朝、出勤してきて突如として動かなくなったクーラーを前にするまでは。
「何だ!? 神様は俺の事がそんなに嫌いか!? 俺はそんなに悪い事をしましたか!? あぁん!? これでも子供の頃は毎年サンタさんが来るぐらい良い子だったっつーの!」
 書類や問題集で埋まっている机の上を乱暴に叩きながら男は喚く。が、その声に蝉の声が被さってき、男の苛立ちを更に悪化させた。
「くっそぉ! そんな俺に何て仕打ちしやがんだよ、全く! 本当俺何も悪い事した覚え……あ」
 男ははたと気付き、小さく呟いた。

 悪い事をした。最近。というか、三日前の出来事だ。
 これはその行いを覗き見ていた覗き趣味のある神様の仕業だというのだろうか? だとすれば男は言い訳する事も出来ない。気まずく口篭り、神様から目を逸らすしかない。


 男はこの学び舎『銀魂高校』の教員、名を坂田銀八という。授業では国語を――主に古文――を受け持っており、三年Z組の担任でもある。
 普段からネクタイの結び目の通り怠惰な態度で過ごしているが、どの生徒にも分け隔てなく接し、どこか生徒と同じ目線で話す所為か銀八は生徒に好かれている教師の一人だ。――余談ではあるが今年のバレンタインでは全教員の中でもトップクラスでチョコレートを貰った実績がある。勿論『義理』ではあるが。
 しかし、どれだけ生活態度がだらしなくあっても、男子生徒と下ネタで平気で盛り上がる事があっても、それでも銀八は列記とした教師だ。
 分け隔てなく接してようが、やはりそこには教師と生徒との関係があってこそだと銀八は考えており、その一線を越える事はしないと決めていた。怠惰な己も、せめてそんなモラルぐらいは守れるのだと信じていた。

 ――三年Z組の担任になるまで。正確には一人の生徒の担任になるまでは、だ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「うーっす。席につけー」
 四月の新学期初日。三年Z組のプレートが掲げられた教室に入るなり気だるげな声で銀八は騒がしい生徒達にそう声を掛けた。
「銀ちゃん、おはようアル! 今年は銀ちゃんが先生になるネ」
「おー、俺は去年も一昨年もずーっと先生だぞー」
 大食漢の留学生――神楽の頭を撫でて「ほら、席に着け」とその背中を押す。
 一年、二年と担任ではないにせよ教科担当であったりでZ組の生徒の大半と銀八は既に顔馴染みになっていた。
 神楽だけでなく他の生徒達も銀八が教卓に辿り着くまでに纏わりついてくる。――「先生! 私の気持ちにとうとう答えてくれる気になってくれたんですね! 一日中思う存分苛めて頂戴!」「お妙さんの隣の席にしてください。是非とも! もしくは後ろの席に! 授業中お妙さんを見つめ続けられぇグホォ!」「分かってますよね、先生? こんなゴリラの近くの席にしたらどうなるか」――
「お前ら新学期なのに元気だなー。先生の気持ちは既に家にあるぞ」
「いや、先生はやる気が無さ過ぎです……」
 新八の呆れている物言いも何処吹く風で銀八は生徒達を犬でも払うかのように「シッシッ」と身振りをし、席に着かせると出欠を取り始める。
 初日から遅刻や欠席をする者はさすがにおらず、スムーズに進めている中も生徒達はガヤガヤと騒がしい。しかし、それを戒める事もせずに銀八は淡々と出席を取り続ける。そして、ある生徒の名を読み上げた時だった。
「えー、土方とーしろーくーん」
「はい」
 別段意味は無かった。本当に何となくだったのだ。
 銀八はそれまで出席簿から離さなかった視線を不意に上げた。そして、後悔した。
「……? 先生どうしたんですか?」
 一番前の席に座っていた桂が訝しげに銀八を見上げている。
「え、あ、いや、何でもねーよ。あんまりお前らがうるせーからビックリしちゃったんだな、うん」
「全くです。新学期といって皆浮かれすぎだ。いつ何時何があっても対処出来るよう平常心を保つ事がどれだけ大切か」
「うん。お前はその髪と同じぐらいうざいな、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂です!」
 勢いよく席を立ち、目を吊り上らせる桂を適当にあしらいながら銀八はチラリともう一度先程の生徒――土方へ視線をやる。
 ジッと銀八を真っ直ぐに見つめていた瞳は既に窓の外に向けられていて、銀八は少し残念に思い、直ぐに――いやいや! 残念て何!? ちょっと萎んじゃった俺の心どうした!?――と心の中でツッコミを入れる。
 動揺を隠すように銀八はそれ以降出席簿から視線を上げる事なく、出欠を取り続け、足早に生徒達を始業式が行われる体育館へと誘導した。
 新学期初日は始業式が終われば後は担任が生徒達へする事は連絡事項を伝えるだけど殆ど無い。銀八は明日からの予定と持ち物をのらりくらりと話して早々にホームルームを終わらせる。
 他のクラスの担任が受験生になったんだから云々としつこく話している頃には銀八は職員室に戻っていた。
 担任を持っていない教員の服部に「おいおい。えらく早いお帰りじゃねーか。受験生の担任になった自覚はあんのかね」と眉を寄せられる。
「そんなもん教師がいくらしつこく言ったって本人らのやる気次第だろ。どうせ一年間嫌でも付き合うんだから初日ぐらい浮かれさせてやろうじゃねーの」
「んな事言って本当は只自分が楽したいだけじゃねーのか」
 その言葉に返事する事なく、銀八は出席簿を置くと職員室を出て行こうとする。何処へ行くのかという問いには「準備室。一服してーんだわ」と簡潔に答える。
 廊下をボーっと歩いていると帰り支度を済ませたZ組の生徒と再会した。
「先生さようなら」
「銀ちゃん、また明日ネ」
「おー、また明日な。――あ、寄り道すんじゃねーぞー」
作品名:奏で始める物語【春】 作家名:まろにー