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奏で始める物語【春】

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 思い出したように付け足された言葉に生徒達は笑顔で返事をして元気良く銀八に手を振って帰っていった。
 その背中を暫く見送っていたが、廊下が他のクラスの生徒達の声で賑やかさが増したので銀八は当初の目的通り国語科準備室へと足を向けた。

 準備室に辿り着いた銀八は煙草に火を点け、暫し漂う煙を目で追う。
 部屋に置かれている机の上には授業に使う資料と生徒へ渡すプリントが置かれ、銀八の性格を現すかのように乱雑としている。
 担任のする事が無いとは言え、仕事は当然ある。明日からの授業の準備に、担任としても幾つかの仕事が机の上には置かれていた。
 服部の自分が楽をしたいだけという言葉はあながち間違いではなかった。
 明日からは嫌でも仕事が次から次へと舞い込んでくるのだ。初日ぐらいのんびりとしたい、という銀八の自堕落な考えがそこにはあった。
 フィルター部分まで燃えた煙草を灰皿に押し付けると銀八は重い溜息と共に椅子に腰掛けた。金属が軋む音が鳴る。
 部屋の外からは既に部活動を始めた野球部の掛け声が聞こえてきた。リズミカルなそれは銀八の思考を仕事から逸らすには十分だった――と銀八は自身で言い訳をした。
 Z組の大半は授業を受け持った事がある生徒だった。志村姉弟も神楽も近藤も猿飛も、そして土方十四郎も。
 銀八は土方の一年生の担任だったのだ。しかし、彼が二年生の時は銀八は担任どころか教科を受け持つこともなく、一年間大した接点も無く過ぎた。しかし、何も全く顔を合わさなかったわけではない。下校時に軽く会釈をされた事は何度もある。
 そういえば体育祭の時には土方は実行委員をしており、当日職員席の近くで昼食を取っていた土方に声を掛けた気がする。
 昼飯ぐらい友達の所で食って来いよ、とか何とか。それに対して土方は何と返してきただろうか。
 ぼんやりと記憶を辿りながら銀八は机の上に置かれていたZ組の生徒達の資料の中から土方の物を取り出す。
「剣道部に所属、ねー。通りで近藤達と仲が良いわけだ」
 近藤や沖田も同じく剣道部なのだ。銀八は一年生、二年生の頃の土方の姿を思い返してみる。
 確か大抵近藤らが銀八に声を掛けてき、その傍らに会話に交じる事もせず興味なさげに佇んでいる土方。というのが定番だった気がする。
 一年生の時に僅かに交わした会話と二年生の時の物静かに佇む土方を思い返してみてもやはり別段特別なものを感じた覚えは一切無かった。
 なのに、何故今になって。それが銀八の率直な気持ちだった。
「なーにをドキッとしっちゃってんの、俺」
 眼鏡を外すと机の上に放り、頬杖をつく。今朝のホームルームでの事を思い出すと今でも動揺してしまう。
 気持ちを動かされそうになった自分と、そして――自分を真っ直ぐに見つめていた土方の瞳と一年生の時より芯の通った声に。
 また一段と重い溜息が口から自然と漏れ出る。
 これでも新米とはとてもじゃないが言えないぐらいに教師生活を送っている。その中で生徒の成長は数多と見てきたし、それに目を剥く事もあった。
 だが、こんな風に生徒を坂田銀八、一個人として意識したのは初めてだった。あの瞬間銀八は確かに教師の気持ちではなくなっていた。
 瞬間湧き上がった感情に気持ちの整理がつかず、銀八は頭を抱え込む。
 このまま考え込んでいても堂々巡りで終わりが見えそうにない、が考える事を止めることが出来ない。唸り声を上げ始めた銀八の耳に緊張感の無い声が届く。
「銀八の旦那ー」
 入りますぜー、と銀八の返答も待たずに準備室の扉が開く。
 掻き毟った頭を適当に撫で付けるが、元々好き勝手にしているそれは銀八の意思を無視して綺麗に纏まる事はしてくれなかった。
 二本目となる煙草に火を点けながら準備室に無遠慮に踏み込んできた人物を見やる。
 まだ少年と呼ぶに相応しい体格と整った顔をした人物は勝手知ったる何とやらで、挨拶もそこそこにソファにどっかりと腰を落とす。
「沖田くーん。一応此処は先生達が使う部屋なんだよ。もうちょーっと遠慮ってものを知ったらどうなのかね? ん?」
 無駄だと知りながら銀八は渋い表情で栗色の後頭部に話しかける。
「何言ってんですかい。旦那と俺との仲じゃないですか」
「入ってきて早々、挨拶も無しにアイマスクして寝る気満々な、しかも確実に部活をサボってる生徒と友達になった覚えはありません」
「そりゃ奇遇ですねィ。俺も教師でありながら生徒に、しかも男にときめいちゃったどうしよう!? とか戸惑ってる変態教師と友達になった覚えはよーく考えたらありませんでした」
 思いもがけない言葉に動揺した銀八はうっかり煙草の煙を違う器官に吸い込んでしまい、咳き込む。
 目に涙を浮かべて息を整えようとしている銀八に沖田はアイマスクを摘み上げると冷ややかな視線を送る。
「旦那にしては珍しくあからさまに態度に出ちまいましたね。普段なら誤魔化すのが厭味なほど上手いのに」
 口から漏れた溜息は恐らく呆れられているのだと銀八にはハッキリと分かった。
 ここまで見抜かれていて下手に取り繕う言葉を口にしても沖田は鼻で笑うだろう。銀八は思案した結果、彼が何処まで感づいているのか聞き出す事にした。
「何? 何が言いたいわけ? 変態教師っていうのは言葉にしてくれなきゃ理解出来ないぐらい頭が悪いんだよね」
「この場合頭が悪いんじゃなくて、察しが悪いって言うべきじゃないですかい。って、旦那はどっちにも当て嵌まらないと思いますがね」
 頭から外したアイマスクを人差し指に引っ掛け、クルクルと回しながら答える沖田は銀八に負けず劣らずの頭の回転が良い。銀八が自分の出方を伺っているのも見抜いているのだろう。
「別に俺はね旦那から肯定されたいわけでも、否定してほしいわけでもないんですよ。只単に気になったから言ってみただけなんですよ」
 まあ、思ったよりも顕著な反応で苦笑を通り越して呆れちゃいましたがね――沖田は立ち上がると銀八に背を向けた。
「あ、他の奴らはだーれも気づいてないから安心してくだせい。最も旦那自身もハッキリと自覚したわけでも認めたわけでもないでしょうから、これからの事は旦那次第っつー事で」
 入ってきた時同様に銀八の都合も我関せずといった様子で教室を出て行く。
 扉が閉まるその時。沖田は肩越しに振り向くと実に意地の悪い笑みを浮かべる。
「俺としては旦那と土方さんが不純同性交友なーんておかしな事になってくれたら高校生活最後の一年間が最高に面白くなりそうなんで、そっちを是非とも期待しておきますぜ」
 あっさりと閉じられた扉を見つめて銀八は呟かずにはいられなかった。
「結局あいつは何がしたかったんだ?」
 今日何度目かになる溜息を吐きながら、心中で――いや、分かってるんだけどね――と、沖田が言ったように察しの良い自分が今は恨めしい。
 何も分からない。気付かないぐらい鈍感であればどれ程楽かと思わずにはいられない。
 結局今朝の出来事で混乱はしていても、銀八は己の心情を理解出来ていないわけではない。沖田の言った通り只認めていないだけなのだ。
「結局の所惚れた事実に変わりはなくて、要はそれを認めるか認めないか。それだけの事なんだよな」
作品名:奏で始める物語【春】 作家名:まろにー