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田舎のおこめ
田舎のおこめ
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Dear

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『ミクねぇ』


・・・・・ジリリリリリリ。

う・・・・ん。

また、あの夢。あの日からいつも聞こえる君の声。私を呼ぶ、君の笑顔。

いや、夢じゃない。思い出。

私の一番大切な思い出。思い出すと、今でも心が苦しくなる思い出。

でも、この声が聞こえている事に安心する。

私はまだ、君の事を忘れずにいられている。

初めて愛した人。

とてもとても大切な、ただ一人の大切な、弟の声。



今日は大学の卒業式の日。
目を覚ましてすぐ、私は外を確認した。晴れがよかったから。
君が空からでも見れるように、雲ひとつない晴れが。
幸い、カーテンを開けてすぐ飛び込んできたのは、雲にさえぎられる事のない朝日だった。
ほっと胸を撫で下ろし、すぐに準備に取り掛かる。
大学の卒業式の準備にはとても時間がかかる。
女性は特に、振袖で出席する人が多い。私も、例に洩れずその一人。
式まで時間はあるけど、着付けの予約に美容院がある。急がなきゃ。
「ミクちゃーん!起きてるー??美容院行くよー!!」
部屋の外から声が聞こえた。
階段の下から呼んでいるからなのか、そもそも彼女の性格がとても陽気なのが原因なのか、朝から叫ぶような呼びかけが飛んでくる。
声の主は妹のリン。明るく奔放な性格で正義感が強い。普段は分け隔てなく誰にでも優しいけど、怒らせるととてつもなく怖いタイプ。
「起きてるよー!!すぐ下行くから、リンちゃん朝ごはん用意しといてー!」
私も叫ぶように返す。
「もうほとんどできてるってのー!・・・・あ、そうそう。ご飯の前にレンに挨拶しといねー!!」
「分かってるよー!」

レン

その名前に少し心が揺れた。
でも、それを表に出す事はほとんどなくなった。
あれから5年。
表情を取り繕うだけの時間は、十分に経った。
私は、急いでパジャマを脱ぎ棄て昨晩用意してある洋服に袖を通す。


寝癖は・・・まあどうせ美容院行くし。いいや。目立たないし。
リビングに向かう前に、洋室フローリングばかりのこの家で唯一和室畳の部屋へ向かった。
そこには、立派な仏壇がある。
仏壇の上には、写真が一つだけ。白黒で飾られるには少しばかり若すぎる、いや、いっそ幼いと言ってもいい少年の笑顔の写真。
「おはよう、レン。ごめんね、寝癖のままで。すぐに美容院行って綺麗になってくるよ。卒業式には・・・・来れるか分かんないよね。ほんとは、後ろで見ていてほしいけど・・・。でも、ちゃんと写真は撮って来るからさ。そのときにしっかり見てよね」

少し長めの挨拶を終え、私は仏壇を後にした。


「おはよー」
普通の挨拶をし、リビングを眺めると父と母もう起きており、朝食を食べている。
妹のリンは、私の朝食を作っている最中らしく、キッチンで忙しそうだ。
「おはようミク」
「おはようミクちゃん」
笑顔で両親が出迎えてくれた。
いつも優しいが勝気な母に、あまりしゃべらないけどいつも笑顔の父。
私も姉も妹も、両親ととても尊敬してるし大好き。
朝食を作っているのは妹のリンだが、別に両親がサボっているわけではない。
リンが進んで作っているのだ。なんでも、『何事も勉強!』とのこと。
私は両親の挨拶に笑顔で答えながら、ここに居るはずの家族がまだいない事に気が付いた。
「ねぇ、ルカちゃんは?」
「えー?見てないからまだ寝てるんじゃなーい??」
キッチンにいた妹が答えてくれた。
ルカは私の姉でこの家の長女でもある。
無口なのは父に似たようで、さらにあまり感情は表情に出ない人。ただ、やっぱりわけ隔てなく誰にでも優しい人。
リンの調理は終わったようで、私はカウンターキッチン越しに焼きたての目玉焼きとご飯を受け取る。うん、おいしそう。
「ルカちゃん、今日来てくれるんだよね?」
受けとった目玉焼きを頬張りながら両親に尋ねた。家族の好みを知り尽くしたリンの目玉焼きは私の好みにピッタリである。
「そのはずよ。ルカちゃん、今日は有給休暇取ったって言ってたから。ですよね、カイトさん?」
「ああ、そう言ってたな。まあでも、そのお陰で昨日は遅かったみたいだからなぁ・・・メイコ、起こしてあげた方がいいんじゃないか?多分、ほっといても起きないぞ」
「それもそうね」
笑いながら母が姉を起こす為に二階に向う。まあ、今から起こすなら遅刻する事もないから安心かな。
妹の手料理である朝食でお腹を満たし、歯磨き、洗顔も完了!
そして、予約してある美容院へ向かう。
「行ってきまーっす・・・って、リンちゃんも一緒にいくの?」
玄関で靴を履いていたら、妹が当たり前のように付いて来てた。てっきり一人で行くものだと思ってた・・・。
「なに?私が一緒だとなにか不都合なの??」
「まさかまさか。ちょっと意外だっただけだよう。リンちゃんが美容院でセットするのとか初めてじゃない??」
「うん、初めて。だって、ミクちゃんが社会の荒波に出て行く記念の日じゃん?学生の身分から余裕をもって送り出すのに綺麗にしなきゃ」
嫌味以外のなんでもないね、これ。
「それに、寝癖のまま外に出ようとする姉が行き先を間違えないか心配だし」
「・・・!!いいじゃない別に!!パッと見分かんないし・・・すぐ美容院でセットするんだから!」
くそう、バレないと思ってたのに・・・。
「これから社会人になろうって人が、そんなのでいいのかねぇ?彼氏が出来た時に幻滅されちゃうよー??」
「ふん。そんなので幻滅するような男になんか、用はないのよ。まさかリンちゃん、そんなのがタイプ??」
そう言い残し、玄関を出た。
後ろから妹が騒いでる声がうるさいので、ドアは閉めつつゆっくり歩く事にしよう。すぐ追いついてくるし。
ほんと、男の心配なんて必要ないんだから。全然、必要なんてないんだ。


「うわぁ・・・」
ホント、プロの美容師さんってすごいよね。さすがプロ。
「ホント、すごいね……こんな事になるんだ・・・」
妹も同じ感想を持ったらしい。
腰近くまで無造作に伸ばした髪は見事に整えられ、頭の上に登ってる。
下手に作ればパイナップルに見えなくもない髪型だが、そこはさすがプロ。完全に不自然な状態にある髪に違和感がない。
妹の方を見れば、いつもピンで止めるだけの無造作ヘアなのだが、今日はピンを外され、ワックスでセットされている。
長さは無いから私みたいに大きく変わった訳ではないけど、ワックスにするだけでここまで変わるのか、と感心。
普段は元気な少年(女子大生に対して非常に失礼な感想かもしれないが)と言う感じの妹なのだが、今日はとても大人びていた。うーん、仕事出来そう。
「はい、二人とも終わったよー。いやー、君たち一家はみんな髪が綺麗だから弄るのが楽しくて仕方ないよ。記念日だけと言わず、毎朝でも来てくれたらいいのにー!あ、もちろん有料だけど」
ここの美容師のメグミさんは、事ある毎にこんな感じの事を言う。通例行事みたいな物だけど。ほんと、趣味を仕事にしたみたいに楽しく髪を弄ってもらってます。
「ありがとうメグミさん。有料は遠慮しときます。無料でも・・・自分でやるからいいや」
「姉に同じく」
「なにをー!!プロを敬え!!そしてもっと触らせろ!!」
作品名:Dear 作家名:田舎のおこめ