I’m mine.
冷たい、と感じて、泰衡は息を飲んだ。指先、掌が冷えた褥に触れたためだった。
目を開けると。眼前は暗く何も見えない。しんと静かな気配は、夜更けのものであることが分かった。
暗闇に目が慣れてくると、ようやく辺りを見渡す。帳台の中には、自分自身が横たわるばかりで、他の気配は僅かもしない。
ふと己の眠る右隣に目をやってから、引き被る衾の中から右手を出して見る。冷たいと思ったのも当然のことで、この手が伸びた先に、誰もいなかったためなのだった。
右隣には、大抵、妻が眠っている。何も眠る間中触れていなければ不安だと言うわけもなかったが、大体が一緒に眠っていて寝返りを打っても、そこには彼女がいて、褥の端以外が冷えたままと言うことはない。それが、今夜は寝返りでも打ったついでに触れた褥が冷たいのだ。
他人が同じ衾と褥の中で動く煩わしさ、たまに耳につくとやけに気掛かりで煩く感じる他人の寝息、どちらもないから落ち着いて眠れると思っていたけれども、どうやらそうでもないらしい。
隣に眠る温もりがなくてはならぬとは思わない。一人寝を寂しいものだと嘯くような男ではない。ただ、冷たい褥に眠りたいとも思えない。
無意識のうち、知らずのうちに、褥の左端に寄って眠る癖がついている。右は妻のために空いている。そこに手を伸ばしてみて、誰もいないことを再度確認し、泰衡は息をついた。
体調は大分回復している。昼間に比べれば、随分と身が軽くなったように感じる。ただ、まだどこかうすら寒く、体の節に鈍い痛みのようなものが感じられる。完全に良好とは言い難い。
目を閉じると、暗闇が落ちてきて、あとは眠るばかりならば良いと思う。
ああ、そういえば夢を見ていた。ふいに思い出す。たった今目が覚めてしまうまでのことだ。それは、夫婦となることがほぼ決まった日のことを回想する夢だった。
(思えば、あの頃から無茶を言う人だった……)
その押しの強さに勝てなかった、この婚姻が成ったことを分かりやすく言えば、そういうことだろう。好悪の情の有無が泰衡にあったというわけではなかったと思う。
しかし、傍に常に在るのならば、多少は情も傾くものだ。たとえば、昔、九郎が拾ってきた犬を、仕方なく泰衡が面倒を見ているうちに、随分と懐くようになったし、彼自身も厭う気持ちはなくなった。忠実によく人の言うことを理解するようになった。時折、御所を勝手に出て行っては泥だらけで戻ることもあるが、さしたることではないと許すことも出来る。そういうことを考えれば、動物でなくとも人間に同じようなことを感じることもあるだろう。
あの頃からして、傍にいるが当たり前となっていたのは事実だ。さらに近くに寄り添えば、情が動くのも容易いことだ。
(鬱陶しいこと、この上ない人でも)
あまりに珍しいことだが、泰衡の体調を慮り、傍にいないことを選択し、今はいない妻も、ともに生きるようになってから、少しずつ変わっているらしい。変わらずに愚かな人だというだけではないらしい。
――自分が一緒にいると、泰衡殿がゆっくり気持ちまで休めないだろうからと、そう言っていましたよ。
どんな気持ちでそう発言したのか、泰衡には分からない。
(朝、言い争ったままだったか……)
柳ノ御所で倒れる前、その朝に交わした言葉は荒げられたり、蔑んだりというひどいものだったことを、改めて思い出した。
心配だと主張する妻に、不要だと切り捨てた夫も、結局はこの体たらくだ。何と情けないことか。
瞼を閉じると、その裏には泣き出しそうだった妻の顔が浮かんだ。