I’m mine.
どれほど経ったのか、泰衡はまだ少し重い体の感覚に眉を寄せながら目を覚ます。
朝なのだと分かるほど、部屋は明るい。
「……目、覚めました?」
突然かけられた声に、心臓が跳ね上がりそうだった。誰もいないと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
褥の右隣に眠る人間はいないが、そこに膝をついて座っている人はいる。
そっと、泰衡の額に、その人の掌が触れた。
「熱、まだあるみたいですね」
心配そうに眉を寄せられる。
何故ここに、いつからここに、と問いたい気持ちはあったのだが、口を開いてみると、
「大したことはない」
淡白な声が発せられた。
その人は――妻は、少し困ったような顔を見せたが、新しく水につけて絞った手拭を、泰衡の額に載せた。
「やっぱり心配で、日が昇る頃に、帰ってきました」
「余計なことだ」
「心配無用ですもんね」
昨日、居館を出る際に彼自身が言い捨てた言葉を拾い直す妻に、苦虫を噛み潰したような思いを味わう。
くすりと、少し笑った彼女は、今度はその掌を泰衡の頬に伸ばしてきた。撫ぜるようによく触れるのは、さらに彼の具合を確かめているためか。最後に、髪を撫ぜるように少し梳いていった。これには意味もないだろう。
「でも、顔色はそんなに悪くないかな」
昨日はすごく真っ青だったんだもの、と付け足す。簡単に倒れた己を思えば、それも道理だろう。溜息を深く吐き出す。情けないと今も思っている。そのような醜態を曝したことも、妻の助言に従わずに出た後に倒れて戻ったことも、全く恰好がつかない。
彼女は、しかしそういう泰衡の前で、微笑む。
「でも、大きな病気とかじゃないみたいで、ほっとしました」
安堵している、そういう意味の笑みのようだ。そうか、とだけ返した。
昨日だけではなく、彼女がいつでも、彼の身体を気にかけているのは事実だろう。泰衡が、自身はすべきことを成し遂げれば命さえ惜しくないと考えているのに対して、長くともに生きたいと願っているのが、妻たる人だ。
その食い違いを、申し訳ないとは思わない。ただ、このすれ違いを互いに理解し合い、受け入れるしかないのだと考える。
まだ、何も終わってはいない。始まってさえいない。泰衡はまだまだ、この平泉に生きて成すべきことがある。それを一つも終えていない今は、死ぬつもりはない。だから、将来どうなるかは、まだ分からずじまいだ。
ただ、今、泰衡の顔を覗き込んでいる妻の、後悔する姿だけは見たくない、そのような心に触れたくはないと考えている。
無意識のうちに伸ばした指先で、座る彼女の膝の上に置かれた、その手に触れる。驚いたような顔をする妻を、ただ見上げる。
「三日は休めと言われた」
「――あ、弁慶さんにですよね。私も聞きました」
「あなたに、休む方法というものを、教えて頂かねばなるまいな」
きょとんと目を瞬いて、彼女は首を傾げる。
「休むなど、そうそうないことで、どう過ごせば良いかも分からん。昨日から眠り続けて、もう眠ることにも飽いている」
しかし、彼女ならば、何もせずにいる方法を知っているだろう。
また、綻ぶように笑って見せる妻は、泰衡の手を握り返してきた。
「熱が下がったら、教えてあげます」
「……ああ」
まだ、少し身体は重い。だが、熱は引きかけている、それは分かる。
それから、妻は微笑みを近づけてきて、泰衡の頬に一つ口づけを置いていった。
「無理しないようにね、泰衡さん」
さすがに、もう否やとは応えられなかった。
――了