学パロ普独
「…はっ!」
薄暗い路地に、吐き捨てるような笑いがこだました。
地を這う、尾を引くような低い呻き声と荒い息を嘲るように。
薄汚れたアスファルトに、累々と転がる男たちは、身体のどこかしらを抑え、血を、涙を流しながらただ嗚咽を零しており、その場にただ一人佇んだ男は、赤に染まった拳にしかめ面をしながらも、口元には笑みを湛えていた。
その裏路地を覗き込むものがいれば、即座に警察へ連絡するか、または面倒を恐れて見て見ぬ振りをして、足早に立ち去ったであろう。
だが、生憎この時間帯にこの路地を通るものは滅多にいないことをその男は熟知していた。
「これに懲りたら…」
男は、近くに転がっていた頭を一つ、蹴り飛ばしながら言った。
「もう、二度とあいつに手を出そうなんて思うんじゃねーぞ…」
その紅い瞳が歪に撓んだのを見た男たちは、がくがくと首を上下に振りながら、意識を失った。
********************************************************************
「ルートー!菊ー!お待たせー」
「フェリシアーノ、遅いぞ」
「ごめんごめん、片付けに手間取っちゃって〜」
「もう日が暮れますから、急いで帰りましょう」
「うん、おれおなかペコペコ〜」
夏の長い日ももはや落ちかけた時間。
赤に染まった人気の無いグラウンドを横切り、三人は校門を出た。
校門から、バス停までは歩いて十分ほどの距離である。
その短い距離、そしてバスに乗ってから自らの下車停までの短い時間を、いつからか三人は待ち合わせてまで共に過ごす習慣を作っていた。
ワールド学園、この高校に入学して三ヶ月、ルートヴィッヒはそれまで手に入れたことが無かった親友という存在に戸惑いながらも心温まる充実した日々を過ごしていた。
ただ一つのことを除いては。
「ねぇ、ルート、やっぱりギルベルト吹奏楽部に戻る気無さそうなの?」
バスの吊革に掴まりながら、ルートヴィッヒの顔を覗き込むようにフェリシアーノが口にしたのは、ギルベルト・バイルシュミット、ルートヴィッヒの実の兄のことであった。
実の兄ではあるが、二人の両親が離婚した時に二人は別々に引き取られ、ルートヴィッヒがワールド学園に入学するため、実家を出てギルベルトと二人暮しを始めるまではほとんど会うことも無かった。
そのため、ワールド学園に初等部の頃から通っていたフェリシアーノ、菊の方が、年は違えど同じくずっとワールド学園に通っていたギルベルトについて、弟のルートヴィッヒよりも詳しいのである。
そのことに最初は寂しさを覚えたルートヴィッヒであったが、一緒に暮らし始めてからというもの必要以上にルートヴィッヒを構うギルベルトのおかげで、今はそんなことを考える余裕も無い。
むしろ少々鬱陶しい…いや、弟離れして欲しいとさえ思うほどなのだ。
「惜しいですよねえ、初等部の頃からやっていらしたフルートの腕前はプロ級と言ってもおかしくは無い程ですのに…」
「ああ、俺も何度か説得してみたんだが…全く聞く耳を持たなくてな…飽きたの一点張りだ」
「ヴェー…もったいないな〜…」
心身ともに充実した日々を過ごすルートヴィッヒの唯一の懸案が、今三人で話題にしているギルベルトのことである。
ギルベルトは、ルートヴィッヒがワールド学園に入学して一月程経った頃、急にそれまで在籍していた吹奏楽部を自主退部してしまったのだ。
菊の言葉通り、ギルベルトのフルートの腕前は、一高校生のそれでは無く、既にコンクールなどで何度も賞を得ているほどらしい。
それを誰にも相談の一つもせず、急に辞めてしまったため、未だに腕を惜しみ、再度部へ戻るように説得するものは後を絶たない。
勿論ルートヴィッヒも折を見て説得を試みているのだが、いつもはルートヴィッヒの願いならば何でも喜んで聞き入れるギルベルトが、この件に関しては頑として譲ろうとしないのである。
「うむ…あの頑なな態度には何か理由があるとは思うのだが…俺では聞きだせそうにも無いんだ…すまないな、二人とも、心配してくれているのに」
「ヴェー!ルートが謝ることじゃないよ〜!」
「そ、そうですよ、やりたくないというものを無理にやらせようとするのも失礼ですし…」
「そうだな…」
兄のことばかりか、自分のことまで思いやってくれる友人たちの心遣いにルートヴィッヒは心から感謝をした。
そして、その友人たちの心遣いに報いるべく、今夜もギルベルトを説得してみようと心に誓った。
ルートヴィッヒがそんな誓いを密かに立てているとも知らず、あ、とフェリシアーノが明るい声を上げた。
「ヴェ〜そういえばもうすぐ夏休みだね〜二人とも何か予定はあるの?」
その言葉に、ルートヴィッヒと菊は顔を見合わせた。
「あー予定というか…俺は8月の大会までは日曜日以外は部活の練習があるな…」
「私も同じですね」
「ヴェーそうかー二人とも運動部だもんね〜」
「フェリシアーノ君は部活は無いんですか?」
「うん、課題はあるけどー絵はどこででも描けるから特に学校に行く必要は無いんだ〜でも、二人とも学校に行くならおれも学校で描こうかな〜」
「何を描くんだ?」
「うーん、どうしようかな〜…」
そんな何気無い会話を断ち切るように、バスのアナウンスが次停車停を告げた。
ルートヴィッヒが降りるバス停である。
「じゃあ、俺はここで」
「ええ、また明日。ルートヴィッヒさん」
「ルートまたね〜!明日もっと夏休みのこと話そうね〜!」
「ああ、じゃあな。フェリシアーノ、明日は寝坊するなよ」
「善処するであります!」
「おい…」
バスの窓から乗り出すようにして手を振り続けるフェリシアーノを、菊が腰を抱えて止める、毎日の光景を見送って、ルートヴィッヒは残り僅かの家路を辿った。
バス停から家までは、少し、距離がある。
本当はもう少し家に近いバス停もあるのだが、途中にある商店街で夕飯の買い物をするためにルートヴィッヒは最寄のバス停を二つ行き過ぎたところで降りているのだ。
(決して少しでもあいつらと共にいる時間を増やすためではないぞ…)
心うちで誰にとも無く言い訳をしながら、ルートヴィッヒは商店街へと向かう細い路地を歩いていった。
「む…?」
訝しげに足を止めたルートヴィッヒの視線の先には、路地を塞ぐように座り込んだ幾つかの陰があった。
ワールド学園のものとは違う制服をだらしなく着こなした影は、学生であるにも関わらず煙草を咥えており、通りがかる人々を威嚇してはけらけらと笑っていた。
向こうも、立ち止まったルートヴィッヒの視線に気付いたのか、目配せしあって立ち上がると、つるんでやってきた。
「おいおい、何見てんだよ兄ちゃん」
「あっち行けよ鬱陶しいなあ」
「それとも何か?俺らに何か用でもあるワケ?」
(不良か…面倒だな…)
心のうちでそう呟いたルートヴィッヒの普段から険しい表情に不快さが加わったのを目敏く見咎めた彼らは、更にルートヴィッヒとの距離を詰め、3人で取り囲んだ。
「なんなんだよ?その顔はよ?」
「何か文句でもあんのかよ?あぁ!?」
所以の無い文句だ、受け流し、適当にこの場を去れば良い。
薄暗い路地に、吐き捨てるような笑いがこだました。
地を這う、尾を引くような低い呻き声と荒い息を嘲るように。
薄汚れたアスファルトに、累々と転がる男たちは、身体のどこかしらを抑え、血を、涙を流しながらただ嗚咽を零しており、その場にただ一人佇んだ男は、赤に染まった拳にしかめ面をしながらも、口元には笑みを湛えていた。
その裏路地を覗き込むものがいれば、即座に警察へ連絡するか、または面倒を恐れて見て見ぬ振りをして、足早に立ち去ったであろう。
だが、生憎この時間帯にこの路地を通るものは滅多にいないことをその男は熟知していた。
「これに懲りたら…」
男は、近くに転がっていた頭を一つ、蹴り飛ばしながら言った。
「もう、二度とあいつに手を出そうなんて思うんじゃねーぞ…」
その紅い瞳が歪に撓んだのを見た男たちは、がくがくと首を上下に振りながら、意識を失った。
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「ルートー!菊ー!お待たせー」
「フェリシアーノ、遅いぞ」
「ごめんごめん、片付けに手間取っちゃって〜」
「もう日が暮れますから、急いで帰りましょう」
「うん、おれおなかペコペコ〜」
夏の長い日ももはや落ちかけた時間。
赤に染まった人気の無いグラウンドを横切り、三人は校門を出た。
校門から、バス停までは歩いて十分ほどの距離である。
その短い距離、そしてバスに乗ってから自らの下車停までの短い時間を、いつからか三人は待ち合わせてまで共に過ごす習慣を作っていた。
ワールド学園、この高校に入学して三ヶ月、ルートヴィッヒはそれまで手に入れたことが無かった親友という存在に戸惑いながらも心温まる充実した日々を過ごしていた。
ただ一つのことを除いては。
「ねぇ、ルート、やっぱりギルベルト吹奏楽部に戻る気無さそうなの?」
バスの吊革に掴まりながら、ルートヴィッヒの顔を覗き込むようにフェリシアーノが口にしたのは、ギルベルト・バイルシュミット、ルートヴィッヒの実の兄のことであった。
実の兄ではあるが、二人の両親が離婚した時に二人は別々に引き取られ、ルートヴィッヒがワールド学園に入学するため、実家を出てギルベルトと二人暮しを始めるまではほとんど会うことも無かった。
そのため、ワールド学園に初等部の頃から通っていたフェリシアーノ、菊の方が、年は違えど同じくずっとワールド学園に通っていたギルベルトについて、弟のルートヴィッヒよりも詳しいのである。
そのことに最初は寂しさを覚えたルートヴィッヒであったが、一緒に暮らし始めてからというもの必要以上にルートヴィッヒを構うギルベルトのおかげで、今はそんなことを考える余裕も無い。
むしろ少々鬱陶しい…いや、弟離れして欲しいとさえ思うほどなのだ。
「惜しいですよねえ、初等部の頃からやっていらしたフルートの腕前はプロ級と言ってもおかしくは無い程ですのに…」
「ああ、俺も何度か説得してみたんだが…全く聞く耳を持たなくてな…飽きたの一点張りだ」
「ヴェー…もったいないな〜…」
心身ともに充実した日々を過ごすルートヴィッヒの唯一の懸案が、今三人で話題にしているギルベルトのことである。
ギルベルトは、ルートヴィッヒがワールド学園に入学して一月程経った頃、急にそれまで在籍していた吹奏楽部を自主退部してしまったのだ。
菊の言葉通り、ギルベルトのフルートの腕前は、一高校生のそれでは無く、既にコンクールなどで何度も賞を得ているほどらしい。
それを誰にも相談の一つもせず、急に辞めてしまったため、未だに腕を惜しみ、再度部へ戻るように説得するものは後を絶たない。
勿論ルートヴィッヒも折を見て説得を試みているのだが、いつもはルートヴィッヒの願いならば何でも喜んで聞き入れるギルベルトが、この件に関しては頑として譲ろうとしないのである。
「うむ…あの頑なな態度には何か理由があるとは思うのだが…俺では聞きだせそうにも無いんだ…すまないな、二人とも、心配してくれているのに」
「ヴェー!ルートが謝ることじゃないよ〜!」
「そ、そうですよ、やりたくないというものを無理にやらせようとするのも失礼ですし…」
「そうだな…」
兄のことばかりか、自分のことまで思いやってくれる友人たちの心遣いにルートヴィッヒは心から感謝をした。
そして、その友人たちの心遣いに報いるべく、今夜もギルベルトを説得してみようと心に誓った。
ルートヴィッヒがそんな誓いを密かに立てているとも知らず、あ、とフェリシアーノが明るい声を上げた。
「ヴェ〜そういえばもうすぐ夏休みだね〜二人とも何か予定はあるの?」
その言葉に、ルートヴィッヒと菊は顔を見合わせた。
「あー予定というか…俺は8月の大会までは日曜日以外は部活の練習があるな…」
「私も同じですね」
「ヴェーそうかー二人とも運動部だもんね〜」
「フェリシアーノ君は部活は無いんですか?」
「うん、課題はあるけどー絵はどこででも描けるから特に学校に行く必要は無いんだ〜でも、二人とも学校に行くならおれも学校で描こうかな〜」
「何を描くんだ?」
「うーん、どうしようかな〜…」
そんな何気無い会話を断ち切るように、バスのアナウンスが次停車停を告げた。
ルートヴィッヒが降りるバス停である。
「じゃあ、俺はここで」
「ええ、また明日。ルートヴィッヒさん」
「ルートまたね〜!明日もっと夏休みのこと話そうね〜!」
「ああ、じゃあな。フェリシアーノ、明日は寝坊するなよ」
「善処するであります!」
「おい…」
バスの窓から乗り出すようにして手を振り続けるフェリシアーノを、菊が腰を抱えて止める、毎日の光景を見送って、ルートヴィッヒは残り僅かの家路を辿った。
バス停から家までは、少し、距離がある。
本当はもう少し家に近いバス停もあるのだが、途中にある商店街で夕飯の買い物をするためにルートヴィッヒは最寄のバス停を二つ行き過ぎたところで降りているのだ。
(決して少しでもあいつらと共にいる時間を増やすためではないぞ…)
心うちで誰にとも無く言い訳をしながら、ルートヴィッヒは商店街へと向かう細い路地を歩いていった。
「む…?」
訝しげに足を止めたルートヴィッヒの視線の先には、路地を塞ぐように座り込んだ幾つかの陰があった。
ワールド学園のものとは違う制服をだらしなく着こなした影は、学生であるにも関わらず煙草を咥えており、通りがかる人々を威嚇してはけらけらと笑っていた。
向こうも、立ち止まったルートヴィッヒの視線に気付いたのか、目配せしあって立ち上がると、つるんでやってきた。
「おいおい、何見てんだよ兄ちゃん」
「あっち行けよ鬱陶しいなあ」
「それとも何か?俺らに何か用でもあるワケ?」
(不良か…面倒だな…)
心のうちでそう呟いたルートヴィッヒの普段から険しい表情に不快さが加わったのを目敏く見咎めた彼らは、更にルートヴィッヒとの距離を詰め、3人で取り囲んだ。
「なんなんだよ?その顔はよ?」
「何か文句でもあんのかよ?あぁ!?」
所以の無い文句だ、受け流し、適当にこの場を去れば良い。