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独伊

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真っ白なキャンバスに、限りなく透明に近い青を何度も何度も塗り重ねて青空を描き出す。
そんな恋をしていた。
それは、最初はそこにあることも気付かないくらい淡い想い。
けれど、何度も何度も積み重なっていくうちに、やがてはっきりとした輪郭を持ち始めて。
いつか、心の中に大きな絵を描いていた。
それが、初めての恋。
光の色彩で描かれた、優しい優しい、けれど、淡く儚い、恋だった。

それは、一筆じゃ描き表せない美しい世界

************************************

「イタリア、少し数が多くないか?」

ドイツが言いながら指差したのは、おれの手元のオーブントレイ。
たった今オーブンから出したばかりのそれには、焼きたてほかほかのクロスタティーナやフレゴロッタが並んでいる。

「他にもこんなにもあるのに…」

続いてドイツが目をやったのは、白いクロスをかけたテーブルの上。
そこには大皿が幾枚も並べられ、その上にもフィノッキオやアヴェーナ、トルテリーナ・ディ・ノンナなどの焼き菓子がたくさん乗せられている。
それは確かに二人で食べるには多すぎる量かもしれない。

「いいんだよー、ほら、もうすぐハロウィンだからね、それ用のも焼いちゃおうと思って」
「ああ、そういうことか。それで珍しくパスタやピッツアでなく菓子を作っているんだな」

ドイツはふむふむと頷きながら笑った。
ドイツの笑顔はちょっと珍しい。
いつも何かを考え込んでいるようなしかめっ面だから、偶の笑顔を見られるとすごく嬉しい。
ドイツってば、笑うとちょっと子供ぽくなって可愛いんだ。

「確かにお菓子作るのは久しぶりかもードイツに振舞うのは初めてだよね」
「ふむ、そうだな。初めてだ」
「お菓子作りは、ドイツの方が上手だもんねー」
「ば、ばかっ!そんな大きな声で言うな!!」
「あはは、誰も聞いてないよー」

ドイツってば、真っ赤な顔で周りをキョロキョロ見回している。
照れ屋のドイツは、お菓子作りが趣味であることをみんなに隠している。
おれだけがドイツの秘密を知ってるっていう事実は、なんだか甘くて嬉しいんだ。
だから他の誰にも言ったりするはず無いのにね。
(でもプロイセンとオーストリアさんは知ってそうだけどなー)

「あー…、それにしてもお前の家には結構子供がやってくるんだな」
「え?」
「いや、こんなにたくさん作るということは、ハロウィンに結構な人数の子供がやってくるのだろう?」
「…ううん、うちには一人しか来ないんだよ」

そわそわとお菓子を弄んでいたドイツは、おれの言葉を聞いて驚いたように声をあげた。

「一人だけ、か?」
「うん、一人だけ」
「一人だけのためにこんなにたくさんの菓子を用意しているのか?」

たくさんのお菓子を示して何度も確認してくるドイツが少しおかしくて、おれは思わず笑ってしまいながらもきちんと答えた。

「うん、たくさんお菓子用意して待ってるねって、約束したからね」

それは遠い日の、未だ果たされない約束。
だけど、おれが忘れない限り、待ち続けてる限り、約束は朽ちることはないと思うから。

「だから、たっくさんお菓子用意しておくんだあ」

大好きなあの子のために。

「…そうか…大切な約束なんだな」

優しい声と一緒に、大きくて暖かい手がふわりとおれの頭を撫でる。
そのままくしゃくしゃとかきまわされて、髪の毛はぐちゃぐちゃになってしまったけれど、心の中で少しだけ、零れそうになってた寂しい気持ちはどこかへ行ってしまった。
普段は鈍いくせに、こういう時だけはちゃんと欲しいものをくれるドイツ。
おれ、やっぱりお前が大好きだよ。

「まだ、作るのか?」
「うん、あとマルゲリータ・ストレーザとパンフォルテも作ろうかなって」
「そうか、じゃあ俺はその間にジャック・オ・ランタンを作ろう」
「え!本当!?」

ジャック・オ・ランタンはかぼちゃを丸ごと刳り貫いて作らなきゃいけないから、結構力のいる作業だ。
ハロウィンには欠かせないものだけど、おれでは作れないからいつも買ってきたものを飾っていた。

「店で売っているものほどいい出来のものは作れないがな。かぼちゃはあるのか?」
「ドイツが作るんならきっとむきむきのかっこいいのが出来るよ〜かぼちゃ、畑から取ってくるから!」
「いい、お前はそこで菓子を作っていろ。オーブンから目を離すな。菓子が焦げるぞ。畑には俺が行って来るから」
「ありがと、ドイツー!」

おれの声にひらひらと手を振って、ドイツはドアをくぐって行った。

「ほんとにありがと、ドイツ」

ドイツは優しい。すごく優しい。
おれ、お前が大好きだよ。

************************************

それから、ドイツと少し遅めのお茶をした。
テーブルには、おれが作ったたくさんのお菓子と、いい香りのする暖かい紅茶、それにドイツが作った職人顔負けの精緻なジャック・オ・ランタン。
笑うかぼちゃの中に灯された小さなキャンドルの明かりはふんわりと優しくて暖かい。
ーこれ、ドイツに似てる
って言ったらそんなに凶悪な顔はしていないって怒られた。
そういう意味じゃなかったんだけど、本当のことは言わずにおいた。
どっちにしろ、きっとまた怒られるんだろうし。
ドイツ、ドイツ、大好きだ。
夜が更けて、帰っていくドイツの後姿を見つめながら、ちょっとだけ泣いた。

************************************

ハロウィンの夜。
小分けにして、可愛くラッピングしたお菓子を、ドイツが作ってくれたジャック・オ・ランタンと一緒にテーブルの上に並べて、来客を待つ。
扉の外では、あちこちで子供たちの賑やかな笑い声が聞こえてくる。
けれど、おれの家のドアがノックされることは無い。
たくさんのお菓子が減る事は無い。

「おれは、約束守ってるのにな…」

あの子はいつ、約束を守ってくれるんだろう。
こてん、とテーブルに額をつける。
あの子を、責める気は、無いんだ。
ただ、少し寂しいだけ。
お菓子は減らないまま、日は暮れて夜が来る。
約束は、まだ果たされない。

「寂しいよ、し…」

コンコン
ドアが、ノックされる音。
聞き間違い?あんまり待ち望んだから、幻聴でも聞いたんだろうか。
机から顔を上げて玄関を見つめる。
コンコン
再び軽い音。今度は、聞き間違いなんかじゃない。
慌てて玄関へ駆け寄った。
どうしよう、心臓がばくばくいってる。
ノブに伸ばした手が震える。
この扉の向こうに、いつかの約束が待っているのかな。
この扉の向こうには、あの日の青空が、広がっているのかな。
だって、あの子はもういないのに。
わかってるんだ。本当は、わかっているんだ。
ただ、それでも待ち続けていたのは、忘れたくなかったから。
限りなく透明に近い青を、何度も何度も塗り重ねて、自分でも知らず知らずのうちに描いていた綺麗な絵。
君がおれの中に作ってくれた、美しい世界。
それを失いたくなかったから。
だから、二度と果たされないと知っていても、約束を守り続けた。
いや、果たされないと知っていたから、約束を守ることが出来たんだ。
作品名:独伊 作家名:〇烏兔〇