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【弱ペダ】ぼくのすきなせんぱい

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「頭おっつかねーなら、ゆっくりやりゃーいいショ」
 笑顔だった。呆れたような顔ではなく、面白がっているような顔だ。ほ、と力が抜ける。はい、と頷いて試着室に入り、もそもそと着替え始める。足首から腹までぴたりと肌に生地が吸い付く。
 ロードレースのためのウェア。風の抵抗をなくし、身体を動きを邪魔しないしなやかな素材。
「キツくねーか?」
 着替えた坂道は、試着室のカーテンを開ける。巻島がウエスト辺りを引っ張って締め付け具合を見た。
「はい、大丈夫みたいです」
 鳴子がまじまじと下半身を見る。人にこんなに下半身を見られるのは初めてだ。なんだか恥ずかしい。
「あれ、小野田君、直に穿いとらんの?」
「え? ええっ!? だって試着……」
「騙されるな、小野田。冗談だ」
 今泉の言葉に鳴子がかかか、と笑う。時々本気かどうかわからない言葉を言うからびっくりしてしまう。
「うん。似合うとるやんか」
 鳴子がびし、と親指を立てる。その言葉に、今泉と巻島がうん、と頷いた。
「もうロードレースの選手ショ、ルーキー」
 巻島の言葉に気持ちが高揚してくる。まだ試合にも出てないのに。それだけで走れる気になる。やっぱり巻島さんは親切な人だ。
「ハイ!」
 思わず笑顔で答えた。鳴子がかっかっか、と笑いながら「エエ返事やで、小野田君」と褒めてくれた。
 これを穿いて、僕は走るんだ。自転車競技部の部員として。
 ウェルカムレースも走った。今だって練習で走っている。だけれど、なんだかまた一つ先に進んだと言う気持ちになった。
 この先いろんな練習があるだろう。合宿があるとも聞いている。鳴子くんや今泉くんと新しい景色の中で一緒に走れる。
 なにより巻島さんとも一緒に走れるんだ。
 見たことのない景色、行ったことのない場所。山はあるだろうか? きっとまた競争して登っていくことが出来るだろう。他には何があるんだろう? 何が起こるんだろう。ドキドキする。ワクワクする。
 そうだ。僕は巻島さんと走れるのが嬉しいんだ。巻島さんが見ているものを、僕も早く見たい。

 心臓が撥ねた理由から目を逸らしたせいで、僕は後で酷く後悔することになるのだけれど。
 そんなことも知らずに、その時の僕は練習が楽しみでならなかった。