りょう
家に帰ってから、成果を尋ねる母親を無視して自室に直行した小玉はクッションを抱きしめながら考えた。
きっと『りょう』って子はすごく料理上手なんだ。だから青峰くんは『りょう』が好きなんだ。『りょう』よりおいしいものを作れるようになったら、青峰くんは私を好きになってくれる。
小玉の心は失恋を受け入れられなかった。
翌日、突きささる好奇の視線を無視して、小玉はある人物の元に向かった。本を読んで勉強する程度じゃ駄目だ。お母さんに教わっても駄目だった。もっと料理の上手い人に教わらないと。
小玉が向かったのは、彼女の知る限り桐皇学園で一番料理の上手い人物、『桜井良』のところだった。小玉は青峰の言っていた『りょう』が桜井だとは知らない。料理上手な女の子だと思っている。桜井の料理の腕前は評判だし、桜井自身もいつもおどおどしているが男子としては声のかけやすい部類だ。それにいい人だから事情を話せば協力してくれるだろう。勘違いをしたまま小玉は突き進む。
果たして、確かに桜井は『いい人』だった。小玉が好きな人のためにお弁当をつくりたい。でもその人には料理上手の恋人がいて自分のレベルでは食べてもらえない。その人より料理が上手になればきっと私のことを見てくれるから。
そう話した小玉に桜井は快く協力を申し出た。小玉は桜井に青峰大輝の名前は出さなかった。もう桐皇学園中のほとんどの人間に知られているのだが、それを知らない彼女は好きな人の名前を出すのが恥ずかしかったのだ。桜井も追及はしなかった。小玉の思った通り彼は『いい人』だったから。好きな人の恋人の名前は言った。りょう。桜井はそれが自分のことだとは思わなかった。だって桜井は女の子ではないし、誰とも付き合っていない。幸か不幸か桜井は噂に疎い人間だったので、昨日のことを知らなかった。
こうして恋敵(?)に恋敵を倒すために料理を教わるという奇妙な関係が始まった。