りょう
そんなこと知らない小玉は、どうやって青峰にアプローチするか真剣に考えていた。友人には相談できない。面白がるだけだろうし、小玉響は青峰大輝が好きだとすぐに広められてしまう。女子の情報網はこわいのである。
青峰は特定の女子と付き合う気はないらしく、告白されても悉く断っている。ただ『好きです』だけでは駄目だろう。一所懸命考えて、小玉はお弁当をつくっていくことにした。食べ物なら嫌がられないだろう。青峰はバスケ部員だし、運動してお腹も空くはずだ。弁当はちょっと大胆かもしれないが、お菓子の差し入れは他の子もしているし、第一甘いものが嫌いという可能性もある。だからお弁当。
小玉の料理の腕前は平均だった。桃井のように壊滅的に下手というわけではないが、特に料理上手というわけでもない。調理実習で料理をつくれば、そこそこには出来上がるというレベル。
好きな人に持っていくお弁当だから、小玉は頑張った。母親に頼んで料理を教えてもらい――応援してくれた――弁当の作り方の載った本も買い、どんな弁当をつくるか必死で考えた。見た目がきれいな方がいいかしら?でもたくさん食べそうだし量を重視したほうがいいかも。頭が回るほど弁当の本とにらめっこをし、青峰は照り焼きバーガーが好きという情報を手に入れ、照り焼きチキンをたっぷり入れたお弁当を持って行った。一緒に入っているのは鮭とチーズを入れた卵焼きと、グレープフルーツと人参のサラダ。紫蘇で巻いたおにぎり。昨夜遅くまで仕込みをし、朝もまだ眠い時間に起きた。照り焼きチキンは最初はたれが焦げて苦くなったり、逆に中まで火が通らなかったりして、何度も作り直した。見た目はともかく、中まで火が通っているかは割って確かめるわけにはいかない。肉に弾力が出てきたら火の通った合図だと母親に教わり、最終確認は母親にしてもらったが、つくるのは全部自分がやった。卵焼きもふんわりしたおいしそうなのを焼けるようになった。おにぎりも食べされられる家族が根をあげるほど練習した。これだけ頑張ったんだから、きっと食べてくれるはず。
午前中の授業は弁当のことばかり考えてさっぱり集中できず、昼休みになると友達の誘いを適当な理由をつけて断り、青峰のクラスに向かった。
青峰は友人のところへでも行くつもりだったのか、それとも食堂へ行こうとしていたのか、ちょうど教室から出てきたところだった。
「青峰くん!」
このまま行ってしまったら大変と大きな声で呼びとめる。大声で名前を呼ばれた青峰が、嫌そうな顔をしていることに小玉は気づいていなかった。
「んだよ」
声も表情も明らかに鬱陶しがっていたが、弁当に意識の向いている小玉はやはり気づかない。
「あの、お弁当つくってきたの!食べて!」
考えた台詞など頭から抜け落ちてしまい、ストレートに小玉は言った。青峰は首をこきこきと鳴らしていたが、小玉の持っている弁当箱に視線を落とすと、興味なさそうに言った。
「弁当なら良のつくったのがあるからいい。」
無情な言葉だった。『良』というのは同じレギュラーの『桜井良』のことで、気の弱い彼は青峰に言われて毎日弁当をつくらせられているのだが、小玉はそんなこと知らない。『りょう』という名前の女の子だと勘違いをしてしまった。きっとその子が青峰大輝の恋人で、彼は昼休みには恋人の手料理を食べているのだと。
それでも小玉は諦められなかった。あんなに頑張ったのだ。私のお弁当だって、食べてもらえればきっとおいしいと言ってくれるはず。
小玉は弁当の蓋をとって青峰に差し出した。
「青峰くんの好きな照り焼きチキンつくってきたの。食べて!」
周囲の視線はもう二人に釘づけである。
青峰はだるそうに弁当を見ると、照り焼きチキンではなく卵焼きをとって口に入れた。
「ど、どう?」
照り焼きチキンではないが、卵焼きも自信作だ。試食した家族はおいしいと言ってくれた。小玉は期待して聞く。
青峰は唇をぺろりと舐めると、変わらず興味がなさそうに言った。小玉を奈落の底に突き落とす言葉を。
「良のつくった出汁巻き卵の方がうめえ。」
硬直した小玉を置いて青峰は行ってしまった。自分に好意を持ってくれている女子には酷い態度かもしれないが、青峰はこれが通常運転だ。巨乳好きでも、特定の女子と付き合う気はない。
小玉はぼんやりと思った。私のお弁当より『りょう』って子のつくったお弁当のほうがおいしいんだ。自分が見せものになっていることに、小玉は気づかなかった。