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俺は彼女にとっても弱い

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二月十四日夕刻、凛は鮫柄学園の門に向かって歩いていた。
学校の授業が終わり、しかし三学期の期末テストが来週から始まるので部活動は休止で、寮にもどって少し経ったころ、携帯電話にメールが届いて呼び出されたのだ。
どうせ出かける予定だったので、ついで、だ。そう思うものの、凛の気分はちょっと重い。
部屋を出るとき、同室の似鳥から「先輩は余裕で、うらやましいです」と半泣きの表情で言われた。鮫柄学園は偏差値高めの進学校である。小学校中学校では成績優秀だった似鳥もここでは成績がふるわないらしい。
さらに、ここに来るまでのあいだに遭遇した同級生たちから「あそこで待ってるの、おまえ目当てだろ。やっぱり、おまえはモテるなぁ」と冷やかされた。だが、そんなこと言われても、嬉しくない。
校門の近くに女子高生がふたり立っている。
鮫柄学園は男子校だから、かなり目立つ。
凛はふたりを見ても表情をゆるめずに進み、その近くまで行くと、立ち止まった。
ふたりのうち片方から来たメールは、渡したい物があるから校門の近くで待っている、という内容だった。
渡したい物。今日はバレンタインデイだ。その物がなにか、想像できる。だから、気が重い。
メールを送ってきたほうの女子高生が決心した表情になり、カバンからなにか取りだした。
そして。
「合コンで、ひと目見て、好きになりました! 受け取ってください!」
ピンク色の包装紙に赤いリボンのかけられた四角い箱を差しだしてきた。
凛はおろしている手をあげない。箱を受け取ろうとはしない。
箱の中身はチョコレートだろう。
「俺は甘いもんは苦手なんだ」
凛は素っ気なく言う。
「それに」
彼女いるから、と続けようとした。
だが。
「この寒い中、待っていたんだ」
校門の向こうから声がして、その声の主が女子高生ふたりの横にあらわれた。
凛はぎょっとする。
これから会う予定だった相手であり、言うつもりだった台詞の、彼女いるから、の彼女である。
「受け取ってやればいいだろう」
遙、だ。
無表情なのはいつものことである。しかし、その無表情がいつもよりも冷たい気がするのは、冬の寒い空気のせいだろうか。いや、きっと違う。
凛は内心ひどくあせった。

今日は遙とデートする予定だった。
待ち合わせ場所は渚や怜の住む街の駅で、学校が違うので待ち合わせ時間は余裕のあるものにしていた。
凛はチョコレートが入っているらしい箱を受け取らなかった。差しだした相手も、遙があわられて驚き、凛の様子から遙がどういう存在か察したらしく、箱をカバンにもどして去っていった。
それで一件落着して予定通りデート、とは行かなかった。
ふたりが去っていくと、遙は無言で踵を返した。そのまま、凛に背中を向けてさっさと歩いていった。
凛はあわてて遙に追いついた。
そのあと、遙は凛をほぼ無視して進み、電車に乗った。もちろん、凛もついていった。
気まずい雰囲気が続く中、凛は遙に問いかけた。
「なんで、おまえ、あそこにいたんだ?」
「いたらマズいのか。ああ、たしかに、マズかったようだな」
それまで凛が話しかけても遙は返事しなかったのに、この質問には返事した。
返事があったのは良いことだが、その内容のせいで、凛はますます居心地の悪さを感じた。
「……いや、そーじゃなくて、なんでそこにいたのかって聞いてんだよ」
「学校が終わって、それで、真っ直ぐ待ち合わせ場所に行ったら時間より早く着くのがわかった。それなら、おまえの学校に行こうと思った」
答えたあと、遙はわずかにだが口をとがらせた。
それきり遙はまた凛を無視するようになった。
遙は岩鳶駅でおりた。デートは中止と決まった。
そんな経緯で、今、凛は七瀬家の居間にいる。
とりあえず家の中に入ることを拒否されなくて良かったと思う。
遙は台所のほうへ行った。
そして、居間へともどってきた。
手には盆を持っている。
遙は盆の上の物を、凛のまえの机に置いた。
ガラスのコップ。
中は、水だ。しかも、氷が何個か浮かんでいる。
今は冬まっさかりで、寒い時期である。
冷たい仕打ちだ。
遙は机の一角を凛と共有する位置に腰をおろした。
相変わらず気まずい雰囲気である。
どうにかしたい。けれども、どうすればいいのだろうか。
凛が頭を悩ませていると、遙が口を開いた。
「おまえ、合コンに行ったんだな」
うっ……!
凛は胸のうちで、うめいた。
思いっきり痛いところを突かれた。
チョコレートが入っているらしき箱を差しだしてきた相手が告白の際に合コンと言ったのを遙が聞いただろうとは思っていたし、それについて遙が触れてくるのは予想はしていた。
予想していたが、痛い。
ここに来るまでのあいだ話しかけてもほとんど無視する遙の態度の悪さに、正直、多少むかつきはしたものの、それでもついてきたのは、こちらの出方次第で下手すれば別れることになりかねないと判断したからである。
釈明したい。
「推薦で大学が決まった水泳部の先輩たちから、参加してくれって頼まれたんだよ。なんか、俺が参加するなら合コンしてもいいって言ってる子たちがいるからってな」
もちろん最初は断った。
だが、先輩たちに拝み倒されたのである。
「俺は勝手なことして先輩たちにも迷惑かけたし」
凛は苦い表情になり、遙から眼をそらした。
結局、断り切れなくて、近隣の女子校の生徒たちとの合コンに参加した。彼女がいることを合コンの席上では言わないでくれと先輩に頼まれたので、そのとおりにした。
遙は黙っている。
その様子が気になって、凛はふたたび遙のほうへ眼をやった。
遙は凛を見ている。
烈火のごとく怒るという表現があるが、いつも水のような遙は、今、凍りついていて、つららのような冷たさと鋭さだ。
その冷ややかな眼差しが、恐い。
状況をどうにか改善できないだろうか。
凛はとっさに思いついたことを、そのまま口に出す。
「なんだ、おまえ、妬いてんのか」
その台詞に対して遙は否定してくるだろうと予想とした。それが突破口になればいいと思った。
しかし。
「ああ、そうだ。それがどうした」
遙は強い口調で肯定した。その背景に大荒れの吹雪が見えた気がした。
体感温度がいっそう下がった。冷たい。冷たすぎる。
状況は改善するどころか悪化してしまった。
今日は世間はバレンタインデイだと特に恋人同士は浮かれているはずなのに、今の自分は彼女と部屋にふたりきりでいて怒りの冷気を強烈に浴びせられている。
俺、不憫……!
そう凛は感じた。
自分は遙と勝負して負けたくない勝ちたいと思っているが、こういうときは完敗状態になる。遙に対して弱すぎる。
遙は言う。
「合コンでおまえは鼻の下を伸ばしてたんだろう。デレデレしてたんだろう」
「してねえよ!」
速攻で凛は言い返した。
「自己紹介ぐらいはしたが、それ以外はほとんど黙ってたんだ」
「それならどうして、あの子はおまえに告白してきたんだ。おまえが愛想良くしてからだろう」
「ちげーよ。愛想良くなんかした覚えはねぇよ」
彼女がいるとは言わなかったが、ずっと無愛想にしていた。
「だいたい、おまえも無愛想だろ」
「それがなんの関係がある」
冷たい空気を発したまま遙が厳しい声で問いかけてきた。
作品名:俺は彼女にとっても弱い 作家名:hujio