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Calling

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年が明けて、三が日が過ぎた。
海外赴任中の父とそれについていった母は年末年始休暇で帰国して家にいたが、今日、赴任先にもどっていった。
夜、静かになった七瀬家の居間に遙はひとりでいた。
夕食をとり、その片づけも終わった。
風呂に入るまえに少しのんびりとしていたとき、携帯電話が鳴った。
いつも携帯電話の存在を忘れがちだが、テレビ台の上に置きっぱなしにしていて、こんな近くで鳴られたら、さすがに気づく。
遙は携帯電話を手に取り、だれが電話をかけてきたのかを確認する。
眼を少し大きくした。
表示された名前は、松岡凛。
凛は今、オーストラリアにいるはずだ。
二学期が終わって冬休みに入り、元日まで実家で過ごしたあと、凛はオーストラリアへと旅立った。
オーストラリアでの水泳留学は凛にとっては苦いものになってしまったようだが、嫌なことばかりではなかったらしく、良い思い出もたくさんあったようで、オーストラリアで親しくなったひとたちに会うために行ったのだった。
こちらにもどってくるのは三学期の始まる前日のはずだ。
遙は電話に出た。
無言。
少し間を置いてから、呼びかけてみる。
「凛?」
無言。
だから、また自分のほうから話しかけることにする。
「どうかしたのか?」
なにかおかしい。異変を感じ取りながら、深刻にならないよう落ち着いた声を出した。
『……ああ』
少ししてから、やっと凛の声が聞こえてきた。
『なんで俺、おまえに電話してんだろ?』
ぼうぜんとしているような声。
なにがあったのか。
聞きたい。けれども、今、問い詰めるようなことをしてはいけないような気もする。
「……凛、おまえ、今、オーストラリアにいるんだな?」
考えた末、なにがあったのかを直接的に聞くのはやめて、やや離れた質問をすることにした。
『ああ』
凛が答える。
『オーストラリアの、病院にいる』
「病院?」
『事故にあった。車の衝突事故だ』
「ケガをしたのか?」
『ああ』
いつのまにか携帯電話を強く握っていた。
凛は競泳の選手だ。事故で負ったケガによっては選手生命が絶たれてしまう。
『だが、たいしたことはねぇ』
そう言ったあと、凛は付け足す。
『俺、は』
うめくような、無理矢理しぼりだしたような、つらそうな声だった。
車の衝突事故。
もちろん凛は車の免許を持っていない。ということは、凛の乗っていた車には運転手が、少なくとも同乗者がひとりはいるのだ。
『留学中に世話になったひとの運転する車に乗ってた』
「……それで?」
『死んだ』
凛の声が震えた。
一瞬、遙は眼を強く閉じた。凛の言ったことが、その声が、胸に重く響いて痛みまで感じた。
『……そのひとは女のひとで、来月結婚する予定だって、それを俺は知ってたから、お祝いを……』
なぜ凛が正月早々にオーストラリアに旅立ったのか、よくわかった。留学中に世話になったひとに、会って直接、結婚のお祝いを言いたかったのだろう。
『嘘だろ……』
ひとりごとのように凛は言った。
現実に打ちのめされているのを感じる。
遙はまた眼を閉じた。
それから、眼を開ける。
「凛、今おまえがいるのはシドニーだな?」
『……ああ』
「おまえの滞在先の具体的な住所を教えてほしい」
『そんなもん聞いて、どうすんだ』
「そっちに行く」
『なに言ってんだ、おまえ』
「親の赴任先に行ったことがあるからパスポートは持ってる。もらった生活費を節約してるから、貯金は結構ある。航空券買って、ホテルをおさえたらいいんだろう」
『おまえ、英語ダメだろ』
「そんなもの、どうにかなる」
たしかに英語は苦手だ。授業を聞き流していて、日常生活で英語に触れる機会もたいしてないので、身についていない状態だ。それでも日本人同士の英会話ならある程度は意味が取れるかもしれないが、ネイティブの話すことはさっぱりわからない場合が多い。
凛のオーストラリアでの滞在先の住所を聞いたところで、そこまで行ける自信はない。
でも。
「どうにかする……!」
遙は言い切った。めずらしく感情が昂ぶり、それが声ににじんだ。
胸に、強い意志がある。
凛が知らないことがある。遙が言っていないから、凛は知らない。
中学一年の年末年始に、オーストラリアに留学中の凛が帰省したときに偶然再会した。
あのとき、なにかあったのかと遙は凛のほうに手を伸ばして引き留めようとしたが、凛はその遙の手を振りはらって去っていった。
あのあと、遙は水泳部をやめて競泳から離れた。
まるで眠っているような状態になった。
その眠りからさめたのは、高校二年になって、留学を終えて帰国した凛と再会したからだ。
凛は知らない。
なにがあったのかを聞いて、答えてもらえなかったつらさを、知らない。
話してほしかった。
いや、話してくれなくてもいいから、なにも言わず、ずっと黙っていてもいいから、去っていかないでほしかった。自分のそばにいてほしかった。
そう遙が思っていたことを、凛は知らない。
知らなくていい。そう思っているから、凛には言わない。
ただ、今、こうして、凛がなにがあったのか話してくれたから、たとえ地球の裏側にいたとしても駆けつけたいと思う。
いや。
本当はもっと単純なことで。
そばに行きたい。
そばに行って、触れたい。
その身体に。
その心に。
『……無理だ』
しばらく黙っていた凛が言う。
『オーストラリアに入国するにはビザがいる。おまえ、持ってねぇだろ』
あ、と遙は内心声をあげた。
ビザが必要であるのを知らなかった。
よく知らないが、ビザを取得するのには時間がかかるだろう。
遙は言葉をなくした。
今すぐ行きたいのに、さすがにこれはどうにもならなさそうだ。
途方にくれる。
『なぁ、ハル』
凛が呼びかけてきた。
『ひとつ、ワガママを言っていいか?』





遙は空港にいた。
新学期の始まる前日である。
広くて、ひとの行き交う空港の中、遙は無表情であたりをぐるりと見渡した。眼に飛びこんでくる情報量が多くて、うんざりしそうになる。
時間が過ぎていく。
やがて。
やっと。
その姿を見つけた。
こちらに向かって歩いてくる。
厳しい表情をしている。人目をひきつけるぐらいの整った顔立ちのせいか、表情がやわらかなものでないと冷たい印象が強くなってしまい、今、他を寄せつけない雰囲気を漂わせている。
遙がいるのに気づいて、向けてきた眼も鋭い。
ひるむことなくその視線を受け止め、遙は静かな眼差しを返した。
距離がどんどん縮まっていく。
そばまで来た。
おたがい、なにも言わない。
凛は黙ったまま、荷物から手を放した。
その身体が寄せられてくる。次の瞬間には抱きしめられていた。
出会ったばかりのころは、まだそれほど体格差が無かった。でも、今はしっかりと男女差がついてしまっている。
そのうえ、凛は身体をきたえあげている。
その身体に包まれているように感じる。
体温が伝わってくる。
遙は昔から、自分の体温があがるのも、他人の体温が自分に移るのも、好きじゃない。
しかし、今、凛の体温を感じて、ほっとした。
胸が温かくなり、それが広がっていく。
凛が生きていることが、嬉しい。
作品名:Calling 作家名:hujio