光風霽月
光風霽月
1.
―――たとえば。
わたしが「月が好き」といえば「月は嫌いだ」といい、「夏が好き」といえば「夏は嫌いだ」と答える。
事の正否を考えるに至っては、真っ向から対立するあの男の存在はとても疎ましく、その価値観の違いによる溝は、果てしなく深いものだった。
たとえ、溝を埋めるために砂利をかけたとしても、次の瞬間には攫う水流によって再び同じ溝がそこに現れる―――そんな風に二人の間にある溝は、永久に埋まることなく存在するのだろう。
きっと・・・互いに互いのことを理解しあえる日など来ないと思う。
いまさら認め合う必要性も感じられない。
―――だから。
わたしが「黒」といえば「白」といえばいい。
「悪」だといえば「正義」だと答えれば・・・それでいいのだと思った。
【光風霽月】
「―――嫌なやつほど目に入り、悪いやつほど長生きはするものだ」
ぼそりと呟いた言葉を耳聡く拾ったアルデバランは、その言葉の持つ鋭い棘が刺さったとでもいうように顔を歪める。言おうか言うまいか・・・ほんの少しだけアルデバランは逡巡し、下手をすれば薮蛇だなと思いつつも、あえて口にした。
「そんな風に言われると―――かなわんな。その理論であれば、俺も悪者みたいであまりいい気分がしない。大体、生き残った人数からして顔を合わせる機会もおのずと増えるのは仕方ないことだろうに」
なるべく深刻ぶらないようにおどけた調子で口にするが、自宮を訪れたばかりの端整な顔立ちをした青年の表情は変わることもなく、ちらりと一瞬アルデバランを睨みつけただけで、すぐ前に視線を戻した。
「―――別に貴方が悪者だとは言ってませんよ。私たちは生きて当然なのですから。でも・・・」
湿気を含んだ風が、淡く藤色にも見える長い髪をそっと撫でながら過ぎていくのをアルデバランは眩しいものでも見るように目を細める。
「―――でも?」
次の言葉を待つアルデバランに毀れるような笑顔を差し向けた男・・・アリエスのムウは優雅な微笑を浮かべながら答えた。
「ならば、自宮に引っ込んでいて欲しいものです。わたしの視界(テリトリー)にズカズカと土足で踏み込むような真似はして欲しくはないと思うんですよ・・・引き裂いてやりたくなる」
にっこり。
「・・・・・・は?」
甘い笑顔とは裏腹な毒舌ぶりに一瞬、聞き間違えたか?とアルデバランは首を傾げた。
「ズタズタに引き裂いてやりたい―――って言ったんです。フフフッ・・・」
再び口元にうっすらと笑みを浮かべているムウだが、今度は目元の笑みは消え失せていた。
まるで背筋に氷を押し当てられたかのようにゾクリと肌が粟立っていくのを感じながら、無理やりにアルデバランは笑ってみせた。
「が・・はははは・・・・冗談きついな、ムウ」
不自然なほどの大笑いにムウは一瞬剣呑な目つきでアルデバランを見るが、すっといつものように表面上は穏やかに吹く風のような柔和な表情に戻すと、ポンッとアルデバランの腕を軽く叩いた。
「・・・ということですので、私は自宮に戻りますね?」
「ええ!?な・・おい?」
言うが早いか、ムウはくるりと振り返るとスタスタと階段を駆け下りていく。ただ呆然とアルデバランはムウの後姿を見送るしかなかった。