光風霽月
2.
「・・・ん?あいつはどうした?」
「あれ・・・ムウは?」
どことなくしょんぼりと肩を落とした宮主であるアルデバランを出迎えたアイオリアとミロは、確か遠目ではアルデバランと共に歩いていたはずだったが・・・とムウの姿が見えないことを訝しんだ。
「いや・・まぁ・・その・・・だなぁ」
言い難そうに言葉を濁しながらも、つい視線は元凶ともいえる人物を見てしまう正直者のアルデバランである。瞳を伏せたまま、黙している男はどう思っているのだろうかとチラチラと無表情な面を伺っていた。
「・・・下らぬ」
金牛宮の柱に背凭れて白い彫像と化していた男がゆらりと動くと、サラリとまっすぐに伸びた髪が煌めいた。
「「はい?」」
同時に発したミロとアイオリアの素っ頓狂な声に、片方の眉だけを器用に上げた麗人は鬱陶しそうな表情を造ると、髪をかき上げながら溜息を零した。
「下らぬ、と言ったのだ・・・子供じみた浅慮な行動ではないか。少しは成長しているかと思ったが、どうやら買い被り過ぎだったようだ」
苦虫を潰したような端整な顔。
常のポーカーフェイスが崩れていることに本人は気付いているかどうかはわからない。
滅多に拝めないけれども、あまり拝みたいとも思えない仏頂面に三人は急激に下がった宮の空気にぶるりと震えながら、乾いた笑いで取り繕った。
「なんとな〜く、感じていたが・・・つまり・・・やっぱり、お前たちはそういうことなのか?」
嫌な沈黙の間が続いたが、お隣同士ということもあって割合シャカとは親しくしているアイオリアが口火を切った。
「おい、アイオリア・・・」
踏んではならない地雷の上で無邪気に遊んでいるような獅子の言葉に、アルデバランは動揺の色を隠せない。ひんやりとした空気がシャカの周囲から漂ってくる。
「―――つまり”そういうこと”だ」
高圧的にフンと鼻で笑っただけのシャカに、ほっと胸を撫で下ろすミロとアルデバランである。ムウとシャカの冷戦関係は周知の事実であるが、触れてはならないという暗黙の了解みたいなものがあった。意外なほど、すんなりとシャカは認めたのだ。その場はそれで丸く収まるのかとミロとアルデバランは甘い期待をしたのだが。
アイオリアが無用心にも嬉しそうにうんうんと一人頷いたことにより、結局、その淡い期待は木っ端微塵に粉砕されることとなった。
「君は何故そこで嬉しそうな顔をする?」
剣呑なシャカの雰囲気に気付かないアイオリアにミロとアルデバランはスス〜っと後退していく。こういう場合は逃げた者勝ちである。
「あ?いや・・・別に。お前もあいつが嫌いだったんだなぁ・・と思うと、少し嬉しいかな?と思って」
すると今度こそ不快そうに眉を思いっきり寄せたシャカの姿に、地雷をやっぱり踏んだなとミロとアルデバランは思うのであった。地雷を踏んだというよりは地雷の上で優雅に寝そべった獅子というべきかもしれない。
人一倍プライドの高いおシャカさまは内面を覗かれるのがお好きではない、と解っていることなのに。アイオリアは真性のマゾなのだろうかと疑わざる得ないミロとアルデバランであった。
「下らぬことを申すな。君のような単細胞と一緒にしてもらっては困る。大体君は・・・」
(ほれ、みたことか)
(頑張れ、アイオリア・・・何を頑張るのかよくわからないけれど)
(三日間は確実に鬱状態に陥るぞ?)
(頃合いみて慰めにいってやるとするか・・・)
気のいい同僚ふたりはそっと念話で語り合いながら、その場からそそくさと立ち去っていった。