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こらぼでほすと  四十数年先の双子

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実兄は、あれから一年に一度は、こちらに顔を出すようになった。ちょうど、実兄の亭主が本山へ二週間ほど出張するので、その時に、俺のところへ遠征しているらしい。付き添いには、イノベイドかついている。
「引越ししたって聞いてたけど、今度は田舎なんだな。」
 居場所はイノベイドが把握しているから、何も言わなくてもやってくる。ちょっと気分を変えたくて、田舎に引っ越した。パブが一軒、なんでも屋な雑貨商が一軒という辺鄙な村だが、畑でもやって、のんびりするには、ちょうどいい。まだ、クルマにも乗れるから買出しに街まで出ることもできるから不自由ではない。
「朴訥な人間と付き合いたくなったのさ。都会は騒がしすぎてさ。」
 なんでも揃っているが、人間も各種揃っているのが都会だ。そんなところで、働いているのも精神的にきつくなってきた。速度が合わないのだ。ちょっと考えて動作しているつもりでも、かなり時間がかかっているらしい。
 実兄は、三十そこそこの見た目で、へぇーと驚いた顔をした。人間をすっぱりと止めてしまった実兄は、年を取らなくなった。ひとえに、俺の亭主の帰って来るのを待っている。
「おまえが、そんなこと言うなんて、おかしな気分だよ。」
「そりゃ、俺だって年取ったんだから、若いもんと付き合うのも疲れるようになったんだよ。まあ、入れよ、ニール。」
 玄関で立ち話するほど忙しいわけではない。とりあえず、招き入れて、居間に案内する。ここに移る時も、イノベイドが自分と実兄も泊れる程度の物件を探してくれたので、客室もあるし、独り者には広い家だ。裏には、一人で管理できる程度の畑もあるので、野菜には困らないし、独り者だと村には知れ渡っているから、適当に差し入れもやってくる。のんびり畑の手入れをして周辺を散歩するぐらいのゆったりとした時間が合う年になったということだろう。
「お茶はセルフだからな。」
「ああ、わかってるよ。ミルクティーでいいのか? 」
 どっかりと俺がソファに座って命じると、実兄は、そのまんま動き出す。以前よりは料理もできるようになったが、実兄には及ばない。だから、訪ねてくれた時は実兄に甘えることにしている。
「ライル、ちょっと手を貸して。」
 それまで黙っていたイノベイドが、ようやく声を出した。近寄って、俺の手首にバンドを嵌める。
「なんだよ? 」
「健康状態のチェック。外さないでつけてて。」
 小振りの腕輪のようなものを装着させられた。まあ、かなり草臥れてきたので、チェックされるのも理解している。
「義兄さんは元気なのか? 」
「うん、相変わらずだよ。」
「キラたちは? 」
「それは、ニールがいない時にね。欠けてしまったんだ。」
 苦笑するリジェネの顔で、なんとなくわかった。たぶん、オーヴかプラントの誰かが身罷ったのだろう。俺が、こんな年になったのだから、じじいーずたちは俺より年上だ。実兄は、父親代わりをしていたトダカが亡くなった時に、相当落ち込んだらしいから、あまり報せないようにしているらしい。
 自分の人間だった時の親しい人間を見送ることが、実兄に課せられた役目だ。今、生きている親しい人間は、ほとんどがプラントにいて、直接、見送ることはないのが幸いかもしれない。



 翌日、クルマで墓参りに出かけた。ここからなら半日で往復できる。すっかりと古ぼけてしまったハイクロスには、俺たちの名前が彫りこんである。そろそろだろう、と、亭主からも言われていた。田舎に引っ越したと聞かされて、実弟が都会での生活が難しくなったのだと説明されたからだ。様子を見て、心配なら引き摺ってくればいい、と、悟空にも勧められたので、今回は観察している。確かに、動作が鈍くなっている。年齢の割には元気な様子だが、歩く速度が遅くなった。それに、言葉が出てくるのに時間がかかることがある。それを一日、観察していて、やはり一緒に暮らしてくれるように頼もうと思っていた。実弟は、こちらの生活が性に合っているのか、楽しそうにしている。それでも、俺が、こちらに暮らせないのだから、特区に来て欲しいとは思う。年を取らないから、長い時間、同じ場所に居られない。ここでは、それが顕著に現れるからだ。

 花を捧げ黙祷した。それから、どっこらせ、と、実弟はしゃがんで墓石の名前をなぞっている。それは、実弟の愛した女性の名前だ。
「あと、何回、来られるかな。」
「何言ってるんだよ、ライル。まだまだ来ればいいだろ? 」
「いや、あんたさ。俺を迎えに来たんじゃないのか? 」
 図星をつかれて、言葉に詰まった。確かに、一人では心配だと思っていたし、一緒に暮らそうと頼むつもりもしていた。健康状態には問題はない、と、リジェネは言っていたが、それでも心配になったのだ。何かで突然に倒れたりしたら、昔のように自分で、どうにかできないかもしれない。そう思うと、俺は不安になる。たった一人の肉親だ。一人で逝かせるなんて、絶対にさせたくない。
「図星か? まあ、そうだな。そろそろ、一人も寂しいと思っていたんだ。また、あんたと暮らすのもいいだろう。」
 実弟は、そう言って、俺に振り向いた。しょうがないなあ、と、呟いて立ち上がる。
「まだまだ死ぬつもりはないぜ? 俺の旦那を出迎えなきゃならないし、あんたを泣かせるのもイヤだからな。」
「俺は泣かないよ。心配なだけだ。」
「ははははは・・・・すでに涙目のヤツが何を言ってんだか。・・・・可愛いな? ニールは。」
 よしよしと実弟は俺の頭を撫でている。人外で甘やかされていた俺は、あまり人生経験が増えていない。相変わらず、情緒不安定だ。実弟は、一人で暮らしていて、いろんな経験をしたのだろう。ぎゅっと抱き締められた。
「大丈夫だよ、兄さん。俺は、まだまだくたばらない。でも、あんたに世話をしてもらえるのは楽でいいから、一緒に行くよ。・・・まあ、後始末とかなんとかあるから、すぐには無理だけど。」
「時間なら問題ない。うちの亭主、今回は三ヶ月ぐらい行きっぱなしだ。・・・・少しゆっくりして、見たいところも見て、やりたいことをやってからでいいんだ。」
「そうなのか。じゃあ、じゃがいもを食わせてやる。今、ちょうど花が咲いてるとこだ。あれ、収穫してからにしよう。三ヶ月だと、なんとかなりそうだ。」
「今頃? 」
「早生のヤツがあるんだ。時期をずらして収穫できるように、いろんな品種を植えたんだよ。・・・・本場もんだぜ? 」
 夏が短い土地柄で、じゃがいもが冬の保存食になる。だから、品種改良が盛んにされていると実弟は教えてくれた。三ヶ月、のんびりして引っ越せばいい。それまでに、少し景色も見納めておきたい、と、俺も思う。実弟がいなければ、ここに来ることもなくなるからだ。
「最後は、それでパーティーでもしよう。」
「いいね? それから、ちょっと旅行もしよう。あんまり見ることもなくなるだろうから。」
「そうだな。コブ付きでもいいか? 」
「今更だろ? あいつは、兄さんから離れないんだろ? 」