二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

11月のラプソディ【言切】

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
その日、切嗣は誰にも起こされることなく目を覚ました。
 いつもなら朝早くのうちに士郎に起こされるのが常だったが、どうやら今日は忘れられてしまったようだ。寝過ぎたらしく、頭の奥が痛かった。
 身支度を調えて居間に出てみたものの誰もおらず、部屋はしんと静まりかえっていた。窓から差しこんでくる陽の光が畳に長々と投げかけられている。切嗣は時計を見やって、昼をとうに過ぎていたのに驚いた。
 縁側に行って少しだけ窓を開けてみた。冬の鋭い空気が頬を撫で、身体に残っていた眠気を追い払ってくれる。冬の陽に照らされた庭は静けさに満ちていた。ここにいると心が安らぐ。おだやかな日差しが深い平穏となって身に染みこんでくるようだ。変わらない我が家の景色を見るたびに切嗣はようやく訪れた小さな倖せを実感していた。
 しかしこの薄着に冬の空気は冷たい。震えを感じて部屋に戻った切嗣は、食卓の上に置いてある見慣れない箱に気づいた。飾りもないただの正方形の白い箱だ。深く考えずに上蓋を取った切嗣の目に、鮮やかな飾りつけを施されたケーキが飛びこんできた。
 中央に置かれたチョコレート板には、誕生日おめでとうきりつぐ、と記されていた。
 切嗣は蓋を取ったままの恰好で呆然とケーキを眺め、今日が自分の誕生日だったことに今さらながら気づいた。
 しかし喜びよりも、秘密をのぞき見てしまった申し訳なさが先に立った。士郎が朝起こしに来なかった理由もこれだ。おそらく自分が寝ている間に支度を済ませ、驚きの演出を見せてくれる算段だったのだろう。
 気がつかない振りをするしかないと切嗣が箱の蓋を閉めようとしたところに、運悪く士郎が居間へ入ってきた。
「あれ、爺さん」
 士郎がしまったという顔つきを見せた。
「ばれた。ケーキしまっとくの忘れた」
「僕を驚かそうと思ってたんだね」
 切嗣が問いかけると士郎はうなずき、
「そう。みんなも呼んで、盛大にやろうと思ってさ」
 士郎はこれといって落胆はしていないらしく、張り切った顔つきになると腕まくりをしながら台所へ入っていく。
「もう充分驚いたよ。こんな歳になっても祝ってもらえるなんてね」
 切嗣は蓋を床へ置き、腰を下ろすととケーキをしげしげと眺めた。生クリームの飾りがふんだんに施され、ひらがなで名前が記されたケーキはまるで子供の誕生日を祝うようだが、皆の心づかいが感じられて嬉しかった。丸みやたどたどしく描かれた文字がことのほか優しく見えて照れくさい。
「親父、腹減っただろ。ご馳走作るからさ、ちょっと待っててよ」
「ああ」
 こうやって座って食事が出てくるのを待っている自分は、やはり子供のようだと切嗣は思う。なんとなく蓋を戻す気になれず、切嗣は腕を組んだままケーキと向き合い、照れくさいようなくすぐったいような、滅多にない気分を味わっていた。
 その時、玄関を叩く音が聞こえてきた。
「藤ねえかな」
「僕が出るよ」
 切嗣が立ちあがって玄関へ向かう間、戸を叩く音はずっと続いていた。急かす風でもなく、それでいて有無を言わせないような音に切嗣は怪訝な思いを抱いた。大河なら問答無用であがりこんでくるはずだし、遠坂姉妹ならこんな無遠慮な叩き方はしないはずだ。何かの勧誘だろうと勝手に結論づけて引き戸を開けた切嗣は、目を見開いた。大きな影のようなものが自分を見おろしていた。
 言峰綺礼だった。
「久しいな、衛宮切嗣。こうして会えるとは夢のようだ。なにせ———」
 その言葉を聞き終わらないうちに、切嗣は無言で戸を閉めた。全身に鳥肌が立っていた。
「何も言わずに締め出すとはどういうことだ、開けろ」
 向こう側から言峰が力ずくで開けようとしてくる扉を、切嗣は渾身の力で押さえこんだ。もとから建てつけの悪い扉が壊れそうな音を立てる。下手をすれば扉ごと破壊されかねない勢いだった。
 嫌な思い出が切嗣の脳裏を走馬燈のようによみがえる。記憶に残る言峰の残滓は、いまだ重々しく根を下ろしていた。ただ訳もなく、とにかく駄目だと切嗣は焦った。人の邪魔をするために生きているような男を、この家に入れてしまえばどんなことになるかわからない。
「し———士郎!」
 呼びかけに応じてのんびりとやってきた士郎は、がたつく扉を押さえる切嗣の必死な形相を見て眉を寄せた。
「どうしたんだ、爺さん」
「どうしたもこうしたもあるか、言峰綺礼が来た」
「何しに」
「知るかッ」
 少し隙間が開けかけた扉を、切嗣はやっとの思いで押し戻した。扉の向こうでは言峰が何かを言いながら扉を叩きつづけている。
「だいたいなんであいつが僕の家に来るんだ。あいつは僕を嫌ってるはずじゃなかったのか。士郎、おまえあいつを殴りすぎただろう。そうだ、それであいつは頭がおかしくなったんだ!」
「そりゃあ、殴ったことは殴ったけど。言峰は元から親父のこと追いかけ回していたじゃないか。それに言峰が親父を嫌ったのって、親父が無視したからだろ」
 慌てるあまり無茶な理屈を並べたてる切嗣に向かって、士郎は至極冷静に答えた。
「とにかく、言峰を家に入れちゃ駄目だ、手伝ってくれ」
「うん」
 士郎が三和土へ下りてきたのと同時に、扉の揺れがおさまった。切嗣はしばらく待ったあと、試しに扉を少しだけ開けてみた。士郎を見ると頷きかえしてくる。切嗣はおそるおそる扉を開け放って周囲を見わたしてみたが言峰の姿は見当たらなかった。冬の陽に照らされた敷石の上を、風に吹かれた枯葉が音を立てて転がっていった。
「帰ったかな」
「そうみたいだ」
 切嗣はようやく安心し、深い溜息をついた。
「まったく、しつこいというかあきらめが悪いというか」
 士郎を伴い、腕を組んで廊下を戻っていった切嗣は、居間に入りかけたところでひどい眩暈にみまわれた。卓の前には言峰が腰を下ろし、ずっと前からそうしていたと言わんばかりの平然とした顔つきをしている。神父の装いと十字架が和室には恐ろしくそぐわない。黒衣姿は部屋じゅうの影を取りこんだように濃く、顔に刻まれた陰影は言峰の人となりをあらわしたように深く暗かった。
 どうやって入ってきたと言峰へ言いかけた切嗣は、さっき自分が窓を開けたのを思い出して肩を落とした。切嗣の落胆に気づいた言峰がうすい笑みを浮かべてみせた。
 背後から士郎が背中をつついてきた。
「なんとかしろよ」
「ああ」
 いちど家にあがられてしまった以上、追い払うにも相手をしなければならない。切嗣は重い足どりをひきずって言峰の真向かいに腰を下ろした。わざとらしく溜息をつくのは、自分に気合いを入れるためと言峰に向けた嫌味を兼ねている。安穏な昼下がりのなかに、因縁の構図が照らしだされているのが奇妙に思えた。
 切嗣の戸惑いを悟っているのだろう、言峰はずっと愉しそうに見つめている。自分から話しかけるのは敗北だと判断した切嗣は口を閉ざしていた。
 包丁さばきの音にまぎれて、士郎が窺っている気配が背のほうから伝わってくる。
 言峰が卓上に置かれたケーキに目をやる。切嗣は思わずケーキを自分の方へとずらし、言峰から遠ざけた。言峰が目を細め、
作品名:11月のラプソディ【言切】 作家名:光部