二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

11月のラプソディ【言切】

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

「今日はおまえの誕生日だったか。これはまた良い機会に出くわしたものだ。神に感謝すべきかな」
「疫病神にね」
 切嗣の答えが面白く感じられたのか、言峰が笑いを洩らした。
「私からもお祝いを言わせてもらおう」
「ありがたく社交辞令として受け取っておくよ」
 言峰の態度に気色悪さを覚えた切嗣は苦い顔をして言った。この男がこんな風に素直に話してくるなど、裏でなにか企んでいるとしか思えない。切嗣は勇気を持って言峰の目を見すえた。笑みに覆い隠されていて本心は推し測れないが、目の奥には昔と変わらない、切嗣の前に立ちはだかってきたときの荒々しい意志が潜んでいるようだった。
 思えば、長い時間が経ったものだと切嗣は考えた。言峰と顔をあわせることは少なかったし、自分からあわせようと思ったこともないが、心のどこかでは常に言峰の存在を意識していた気がする。心のうちに過去をよみがえらせるときだけでなく、誰か大切な人を想うときや何かを願うとき、果ては悲しさに心を震わせるときに、強い感情に引き金を引かれるように、炎のなかで立ち向かってきた言峰の印象が脳裏を去来することがあった。自分の背後に必ずついてくる影のごとく、彼方から遠回りをしてきた切嗣の歩みの後ろには、常に言峰という影がそびえていた。
「互いに歳をとったものだな、衛宮切嗣」
 言峰もまた昔を思い出したのか、懐かしそうに言った。似たようなことを考えていたというのが気味悪くはあったが、同じ場所で共に人生を変えた者がこうして顔をつきあわせているのだから、考えが重なるのは当然なのだろうと切嗣は思う。
「……そうだね」
 反論する理由も拒む理由もなく、切嗣はうなずいた。
 部屋のなかを見渡して外を眺めたあと、切嗣へ戻ってきた言峰の顔つきはこころなしか意地が悪かった。
「このような狭い処に落ち着いたか。身に余る理想を抱えていた頃とは大違いだな」 
 軽く腕を広げてみせた言峰に、切嗣はあからさまに不快感を示した。
「なんだ、誕生日を祝ってくれるのかと思っていたら、過去をほじくりかえしに来たのか」
「まさか。このような晴れがましい日に、そんな無粋なことはせんよ」
 言峰はそう言って首を横に振り、
「小さくてもおまえが手に入れた希望は大きいと言いたかったのだよ。多くの人間を無謀にも独りで救おうなどとしていた過去より、少なくても確実に他人を救ってやっている現在のほうが建設的だとね」
 いつもの尊大な態度ながらも、言峰の語り口は淡々としていた。静かな声色が切嗣の胸に沁みてくる。予想外の言葉に毒気を抜かれた切嗣は何も言えないまま、目の前にいる言峰を見つめていた。 
「いまはおまえの存在じたいを自身の倖せだと思ってくれる者がいる。現に、節目にそうやって祝ってくれる者がいる」
 言峰がケーキの、切嗣の名が刻まれた部分を指さした。
「まったく、羨ましい限りだ」
 最後にそう付け加えた言峰の声は自嘲ぎみに響き、底に潜んだ孤独が感じられた。
「言峰」
 切嗣はいささか呆気にとられながら言った。
「どうかしたのか。おまえらしくない」
 やはり士郎が殴りすぎたのだろうかと、切嗣は心のなかだけでいぶかしんだ。もしくはもういちど泥に染まって中身が変わってしまったのかもしれない。しかし暗い笑みを見るかぎりそうでもなさそうだ。常識にあてはまらない、訳のわからない人間だという印象がますます強くなった。
 だが、最初の頃に感じていた言峰へのやみくもな拒絶はおさまり、こうして相対していても平気になっていた。あれだけ自分を否定し相容れないと思っていた言峰が肯定する評価をしてくれたのは純粋に喜ばしかった。
 切嗣はケーキの飾りを見おろして、不器用に微笑んだ。ここへ辿りつくまでに、言峰もそして切嗣自身も、ずいぶんと時間がかかったように思う。
「なに、おまえには多少なりとも迷惑をかけているからな、相応の感謝の意を表したまでだ」
 意味ありげに言峰が言う。窓の隙間から冷たい風が吹きこんできて、寒気のような震えが切嗣の背中をかすめた。言峰の言葉に違和感を覚えた切嗣は、それが何なのか考えあぐねていたが、それに気づく前に士郎がやってきて目の前に湯飲みを置いた。律儀に士郎は言峰の前にも茶を出してやり、
「招かざる客だけど、お客はお客だろうから」
「痛み入るな。親の躾が良いのだろう」
「……そういえばさ」
 士郎も言峰の様子をおかしく感じているのか、台所へ戻ろうとはせず切嗣の隣に座った。顔をしかめて何ごとかといった風に目配せをしてくる士郎へ、切嗣はわからないと肩をすくめて応えた。  
「結局、ここに来た用事ってなんなんだ、言峰」
「ああ、そうだったな」
 士郎の問いに言峰はつと微笑む。傾げた顔に落ちた影はたくらみを宿したように暗かった。もういちど吹きこんできた恐ろしく冷たい風に、切嗣はいやな予感を抱いた。
「そろそろ教会の老朽化が激しくてね、このたび全面的に改築することになった。なにしろ家財道具が多くて困ったよ。持ち出すにも一苦労だ」
 言峰は湯飲みを持ちあげて一口すすり、
「迷惑はかけんよ。そろそろ荷が届くころだ。10トントラック二台分だからそんなに邪魔にはならんだろう」
「ちょっと待て言峰、それってつまり……」
 戦々恐々と訊いた切嗣に向かって、言峰はさも愉快げな顔つきになり、慇懃な仕草で掌をみずからの胸に当てた。
「私もこの家にしばらく居候させてもらう。どうだ切嗣、最高の誕生日プレゼントだろう?」
「ええ?!」
 顔を引きつらせて絶句した切嗣の横で、士郎が素っ頓狂な声をあげる。その時、玄関の扉を忙しく叩く音がした。
「衛宮さーん、お荷物です。庭に運びますよ」
 その後ろから、重機のようなトラックの地響きが聞こえてくる。やっと来たかとつぶやきながら、言峰が立ちあがって居間を出ていく。己を見失って動けない切嗣の目の前を、追い打ちをかけるように黒衣の裾が優雅に横切っていった。
 言峰のいた跡にはおだやかな日だまりが落ち、切嗣はしばらく呆然とその場を凝視していた。業者が鳴らす笛の音に合わせて、トラックが轟音を立てながら庭へ進入してくる。背後からやってきた騒ぎをよそに、卓上にぽつねんと置かれたケーキは、色も形も優しく、無垢だった。
 士郎の手が慰めるように切嗣の肩へと置かれた。それが合図となり、切嗣は突如として自分の滑稽な立場が可笑しくなった。
「もう、どうにでもなれだ」
 笑いを洩らし、天を仰いで切嗣はつぶやいた。冬の空は高く、どこまでも澄んでいた。





作品名:11月のラプソディ【言切】 作家名:光部