君と僕との逆転話-2-
失礼します、と庄左エ門が室内に声をかけ、襖をあけた。
隠そうともしない視線が部屋のあちらこちらからする。
ただ、庄左エ門は気にすることなく室内に足を踏み入れた。
「まーた、お前たちは組が問題を持ち込みよったのか」
「さあ? 今回の件はどうなのか、僕自身にもわかりませんよ」
部屋の主が湯呑を傾け片目だけをあげる。
舐めるような視線を学園長からむけられ、立花と潮江は居心地が悪そうに身じろぎした。
「うちの霊感二人が気持ち悪い、って言い出したのは彦四郎が報告しているはずですけど」
「ふむ。聞いてはいるが、こうして目の当たりにしてみるといろいろ考えるものじゃて」
ほけほけと笑う老人は髪の奥に鋭い視線を戻すと湯呑を置いた。
「さて、庄左エ門。お主はこれからどうしたい?」
「これが何の理由でこうなったかはわかりませんが、害がない限り置いておくべきでしょう。彼らを学園の外へ放り出すほうが危険かと」
「彦四郎はそれゆえに外へ出すべきと言わなんだか?」
「そういう意図で外に出せ、とは言われましたけれど。学園長も見られたのでしょう。小さい僕たちですよ。何の被害をもたらすかわかったもんじゃありません」
「お主がその言葉を言うと説得力があるのう」
「おほめに預かり光栄です」
淡々と。あくまで淡々と息つく暇もなく二人は会話を続ける。
立花と潮江は視線を逸らさず、しかし今自分たちが置かれた状況と、この学園に起きている何か、を察知する。
自分たちに有利になることか、それとも不利になることか。
言葉を交わさずとも二人の思いは同じ。立花が口を開いた。
「大川学園長殿」
ふいに呼ばれた名前に学園長は片目をあげた。
立花はまっすぐに学園長を見据えて堂々と言葉を綴った。
「このような事態になったこと、私どもも混乱しております。私どもが通う学園にもあなたと同じ方がいらっしゃます。この事態本来ならば不審者として外へ出すべきところを黒木庄左エ門の判断にて、学園に身を寄せることを許可していただきました。私たちだけならばまだしも、下級生もいるこの現状による判断はありがたいと思っております。何が原因か調べるためにも、そして今この学園が何かしらの問題を抱えている以上、今しばらくこの学園に置いていただけますでしょうか」
正座から、握った手を床につき、頭を下げる。隣で潮江も同じように頭を下げた。自尊心の高いい組が頭を下げるのは、一重にこの二人が他の生徒を肩に背負っているからに他ならない。
冷静沈着な二人を見据えて、庄左エ門からの視線を受けて、天井裏や各所に控える教師陣の視線を受けて、学園長はばっ、と扇を広げた。
「相分かった。しばらくお主たちを置くことを認めよう」
「ありがとうございます」
「うむ。庄左エ門、それから彦四郎、後のことは任せる」
学園長の言葉に場の空気が揺れた。しかしそれは僅かな揺れで、立花が頭をあげたときには元の空気に戻っていた。
「それでは学園長、失礼します」
庄左エ門のその言葉を合図に三人は立ち上がり、そうして学園長の部屋を退出する。いつの間にか部屋の外に控えていた彦四郎が不機嫌ながらも襖の奥にいる学園長に頭を下げた。
そのまま四人は連れだって道場へと向かう。
「すでに全員道場に移動している。ウチの下級生は四年に言って無理矢理自室に閉じ込めているが、明日の朝にはきちんと報告せんと面倒だぞ。学園を自由に歩き回られても問題だ」
「そうだねぇ。でも先生たちがその辺はなんとかしてくれるから。とりあえず下級生のすることはたいてい見逃してあげるけど、上級生のすることは責任持たないから」
前者は彦四郎に向けて、後者は後ろの潮江と立花に向けて。三人はそれぞれ頷く。
「とにかく、問題なのは小平太か。あいつがじっとしているはずはない」
「お前も留三郎との喧嘩はやめてくれよ」
善処する、と背後でのやり取りに庄左エ門は小さく笑った。
「何笑ってるんだ。面倒になった事実は変わらないだろう」
「いやぁ。それでもこんな非日常なことが起こったっていうのが面白くて。まぁ、彦が悪いほうに考えるなら、僕は楽観視しておくよ」
見えてきた道場に、そこから聞こえる騒ぎ声に、庄左エ門は山積みの問題を頭の中で整理しながらも楽しそうに歩を進めた。
作品名:君と僕との逆転話-2- 作家名:まどか