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【ジンユノ】SNOW LOVERS

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 珍しい事に雪が降った。
 更に珍しい事に、その例年になく凍えた一夜の内に、雪は溶けずに降り積もった。





 その日は満月に近く、しんしんと絶え間なく視界を覆うほどに降り続いた雪の間、空を覆い尽くしていた黒い雲が上空の怖ろしく速い気流に吹き散らかされると、その黒々とした切れ間から、煌々と光が零れた。
 その月光の下、風と共に吹き荒れていた雪の乱舞は落ち着いて、今はそこに白々と変化した世界が一面に広がっている。
 たった一晩足らずで、見知った場所とは別世界のようになった辺り一帯の様子に、だから、ジンはしばし呆然と佇んでいた。
 呆気にとられて、しばらくはただその白さを眺めているだけだった。

 白い。

 夜はまだ明けない。

 闇の世界。なのに白い。白々と、夢のように浮かび上がる別世界。
 驚くばかりで。
 だからどうしてとか、考える事も忘れていた。


 歩いてみる。
 さくり。
 積もったばかりの新雪は足元で柔らかに崩れ、沈む。
 さくり。
 耳に、心地よい音を立てて沈む。
 歩む後から、彼の足の形に、雪は刻まれる。
 真っ白な、まっさらな場所に自身の痕跡が刻まれるのが、どこか心地よくて、ジンは知らず口元に笑みを浮かべていた。



 風はまだ少し肌を冷やすが、雪は止んでいた。
 頭上を見上げると、雲はまだ空の半分以上を厚く覆っているようだったが、それでも吹雪くように降っていた頃よりずっと薄く、ところどころ千切れて、それが故に、じっと見ていると早く流れているのが良く判った。
 驚くほどに速い。流れてどんどん形を変えて、それに合わせて切れ間から夜空が、月が、見え隠れする。
 あんまり速いから、月の方が動いているかのように錯覚してしまう。
 定点撮影を高速で再生したものを見ているかのように、月が夜空を移動していく、そんな気分に陥ってしまう。

 或いは、高速で時を巻き戻してでもいるかのように。


 それでも月のある辺りは雲が薄いのか、月光は押し寄せる雲の波に負けずに雪の世界を仄明るく照らしてくれていた。
 その、静かな白い世界を楽しんでいる中で、不意にジンは誰かが動いているのを見つけた。屈んで丸めた小さな背中がもぞもぞと動く。後ろを向いていて顔は見えないが、その頭のシルエットやしゃがみこんだ足元にふわりと広がるスカートに見覚えがある。


 ユノハ―――?


 気付いたと同時に、とくり、と鼓動が鳴った。
 今まで忘れていたかのように、自らのそれを意識する。

 身体の奥に、熱が生まれる。
 とくり。
 思いがけず逢えた事に、喜びがじわりと湧きおこる。
 とくり。
 と同時に、戸惑いも一緒に湧きあがる。

 どうしてここに? 
 なにをしているんだろう?

 声を掛けたくて、けれどなんと言えばいいのか判らない。
 脅かしてしまう気がして、そうしていいのかなんだか迷ってしまって、動けずにいると、ユノハの方が彼に気付いた。


 大きな目を丸くして、可愛らしい唇を小さく開けて、彼女はジンの姿を認め、驚きを顕わにしていた。
 その表情が見て取れる程には、いつの間にやらジンはユノハの傍へ近寄っていたらしい。
 惑いながらも、望みは正直に彼自身を突き動かす。

 見つかってしまった、それが判るから、何かアクションを起こさなければと思うのに、思考は絡まってエラーを起こし、指示系統は混乱して身体がまともに動いてくれない。
 言葉を紡ごうと唇を動かしかけ、視線を泳がせ、結局俯いてしまいそうになって、それでも思いなおしてユノハを見ると、彼女がふんわりと微笑んだ。
 柔らかな、包み込むような優しい貌で。

「ジンくん――」

 名を呼ぶ声が、嬉しそうに聞こえたのが、気のせいでなければいい。

「今晩は」
「あ、えと……どうも」

 どうも、じゃないだろう。そう、自分の言葉に駄目出しをして首を振る。

「いやそうじゃなくて。こ、今晩は」
「びっくりしちゃいました」
「あ、えと、僕も。あの、まだ夜だし、誰もいないのかと」
「ふふ、わたしもです。でも、見つかっちゃいました」
「や、どっちかというと僕の方が見つかったような……?」
「そうかも?」

 そうして二人、顔を見合わせて、なんだか少しおかしくなってふっと笑うと、ユノハもくすくすと粉雪が鳴るみたいな愛くるしい声で笑った。
 受け止めた雪の結晶が掌の熱でふんわり溶けるように、微かな緊張が優しく解れる。

作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA