【ジンユノ】SNOW LOVERS
「どうしてここに?」
「夜更けに冷えるからか、目が覚めて。なんだか外が明るい気がして、窓の外を見たら、雪で真白になっていたので、じっとしていられなくなっちゃったんです。なんだか、心が身体から抜け出しちゃうような、そんな気分で」
「ああ、判る。――気がする。僕も、あんまり真っ白だから、歩いてみたくなって――」
「お散歩してたんですか? ふふっ、そう言えばジンくんって、ひょっとして雪を見るの、初めてだったりするんじゃ?」
「え、何で判ったの? ――実はその通りなんだけど。その、誤解しないで欲しいんだけど、はしゃいでたとかいうんじゃないんだ。ただちょっと、折角の機会だし体験してみるのもいいかと思って……」
「うふふ、判ります。真っ白な場所に足跡つけれることなんかそうそうないから、わくわくしますし。それに珍しいですもんね。この辺り、温暖で雪とかほとんど見ないし、わたしもここでは初めてです。だから久しぶりで、わたしはちょっと、はしゃいじゃいました」
それで寮を抜け出して、ジンと同じに散歩に出たのだと、そう言って、ユノハは両手を口元にあて、くすくすと小さく肩を揺らせた。耳を擽る吐息に合わせ、白い息が、指の間から微かに零れる。
学園内の、他の誰もがまだ寝静まっている丑三つ時、きっと二人以外は、まだ誰も知らない、気付いていない、雪の世界。秘密の共有に、五感が震える。ユノハとの距離が近くなったようなそんな親近感に加えて、一緒ですね、と、ジンを仰ぎ見る、彼女の瞳のいつにない悪戯っぽさにジンの目は釘付けになった。口元を押さえたままの両手は、うっかりそこから秘密が逃げ出してしまわないよう、用心深く声を殺してでもいるようで、その様がまた可愛くて、雪を見た時とはまた違う胸の高鳴りは、彼に軽い酩酊感をもたらせる。
両手の指先を揃えてあてがった唇に、押し込められた言葉をこっそり聞いてみたくなる。
両手の、指。きっちりそろえられた小さな手の、華奢な。
そこで初めて、ジンは彼女の手が空いている――つまり、いつも一緒の相棒、タマを連れていない事に気がついた。
「ユノハ、今日はタマは?」
「ああ、タマなら、ほらっ」
そう言って、ユノハは片手を背後に流した。掌を上にして、ジンの視線を促す先に、白い固まりがあった。それはユノハの背丈の三分の一くらいの大きさで、なにやら造形を為している。
よく見ると、丸い頭に縦長の胴体。頭の上部には更に丸っこい突起が並んで二つ。
ちょっと不格好で、パッと見ただけだと何の形かよく判らないが……
「これって……ひょっとしてタマ?」
「えっと、見えないかな? ……ひょっとしなくてもタマ、のつもりで作ってるんですけど」
最初自信たっぷりにソレを紹介したユノハは、途端に自信なさげにもじもじと手を組んで、ジンを上目遣いに見やる。
「あ、いや、雰囲気はある――かな。え。これ、もしかして雪でできてるんだ。作ったの? ユノハ一人で?」
「はい。あ、まだ作りかけなんですけど。積もる程降ってるし、これはもう雪だるまさん作るしかないかなって! あ、えぇと、本物のタマはあそこで眺めててもらってます」
そう言って、ユノハが示したのは校舎へ続く階段ポーチの屋根の下だった。その、段差のひとつに凭れるように、つくねん、とタマは腰掛けさせられていた。
差し詰め、雪像づくりの監督官、とでも言ったところか。抱えていては両手の自由が利かないからとそうしたのだろうが、そこは流石にユノハらしく、寒くないようにと気遣ったものか、彼女のものらしきマフラーで暖かそうに包まれている。
それを確認してから、ジンはもう一度ユノハが作成中だと言う雪像を見た。
「雪だるまって……」
――これのことを言うのだろうか?
そう思いながら、ジンはユノハの足元の白い塊(ユノハの背の三分の一ほどのそれは、ジンのひざ丈より少し高いくらいしかない)の前に屈んだ。指先でそれを突いてみる。押し固められた雪は、足元で覚束なく沈むそれと違って固く、つるつるとしていた。
「変ですか? まぁ普通は、胴体と頭だけ……だいたいは大きな雪玉を二つか三つ作って乗せてるだけですけど。それで、一番上の雪玉を顔に見たてるんですよね。目とか鼻とか、墨や小石や葉っぱなんかでつけたりして」
言いながら、ユノハが地面に積もったまだ踏まれていない新雪をかき集めて両手で握り、雪玉作成を実演してみせる。拳大に丸めたものを二つ、重ねれば小さな雪だるまの完成だ。
「でも、折角だからタマを作ってみようかなって。だから、タマだるまですね」
「なるほど、水が結晶化したものだから、握ったり押したりすることで圧力融解して、その端から再凍結するんだな……」
ユノハに倣って自分でも雪を集め手の中に握りこんでみたジンは、どこかふんわりしたそれが固く小さくなる様を生真面目な表情で観察する。
「そっか、ジンくん、雪を見るのが初めてなら、当然雪だるまも初めてですよね」
まるで実験結果に納得しているかのようなジンの様子に、ユノハはまた、口元に手を置いて何か少し、考えるような仕草をする。
「――良かったら、一緒に作ってみませんか?」
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA