【ジンユノ】SNOW LOVERS
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深夜から早朝にかけて、ほぼ降り続いた雪は、けれど、明ける頃には水っぽい雨混じりの霙に変わっていた。
空は白っぽい曇天だが、朝の光を隠してはいるけどどこか明るい。
この分なら、天気予報通り、午後には晴れ間も見えるだろう。
その朝、学園の生徒達は見慣れない白い風景に目を見張る事になった。夜のうちに相当降ったようで、学園中が雪に覆われていたのだ。とはいえ、見た目こそまだ白い世界も、その実、気温上昇と霙雨のせいで半分溶けかけて、あちこちでしずる音が絶え間なく聞こえ、降る雪もどちらかというとさぁさぁと小雨の音に近い水音を奏でている。
そんな具合だったから、おそらく昼にはほとんど溶けてしまうだろう雪を惜しんで、候補生たち、特に男子一同は、朝から濡れるの覚悟で雪遊びに余念がなく、中庭のあちこちには半分溶け崩れたような雪だるまもどきが立ち並び、そして今はその作成者も含めた男子の大半が、今度はグラウンドで雪合戦に興じていた。
女子もまた、雪景色に浮かれてはいたが、そのうちの何割かは、いやひょっとしたら大半は、この辺りでは貴重な雪よりなお重要な事に気を取られ、どちらかというとそっちで気もそぞろと言った体だった。
何故なら今日はバレンタインデー。恋人たちの記念日なのだ。
本来なら、この日は想い合う男女が愛を誓いあう日、とかいう起源だったはずで、カップルや親しい者同士贈り物をしあうのがだいたいの慣わしなのだが、聖天使学園においては何故か、片恋の相手へ告白の意味を込めて贈り物をする、という謎習慣が、男女の壁に阻まれていた頃から(むしろだからこそこっそりと)生まれ継続されていた。中でも何故か男子からのそれより女子からの贈り物が圧倒的多数を占め、故に、今日に至っては、半ばこの日は女子の告白デーだと認知されているようなものなのだ。
つまり、意中の人に贈り物を、と考えている女子連中は、雪よりそっちが気にかかる、という訳だ。
今年は特に、男女の壁も取り払われた上に晴れて恋愛解禁となり、こっそりどころか堂々と渡せるとあって、張り切るものも後を絶たない。同時に、オープンになったからこそ余計、モテ体質の者とそうでない者、あからさまに差が出ると危惧して嘆く哀しい男子連中も現れて、いじけるやら変に女子の気を引こうとするやら、バレンタイン前からそこはかとなく場の空気が悪くなった。で、あまりにも鬱陶しいからと、かつての一軍クラスにおいては、女子全員で出資して、男子全員に平等にチョコレートを配ろうと、男子には内緒でこっそり提案され、実行する事になっていた。今後も共に学び訓練し、何かあった場合には一丸となって戦う仲間だ。絆は強固であるに越したことはない、とそう言う意図である。そこでMIXが指揮をとり、有志で手作りとあいなった。つい昨日の事だ。
しかしながらその陰で、少女達はちゃっかり個人でプレゼントするチョコレートもこの機に一緒にと、配布用とは別個に各々工夫を凝らして少しばかり特別なそれを拵えていた。
ゼシカ・ウォンもその一人で、彼女も皆が個人用に取り分けたチョコをラッピングし出したどさくさにまぎれて義理とは少し意図の異なるチョコを包んでいた。
とはいえ、彼女の場合、別に恋人用ではない。好きな人への告白というのとも少し違う。
最近なんだか接触の多い、だから少し気にかけてはいる喧嘩友達に。奉仕の心とかじゃないが、ただ、個人的にあげてもいいかなと脳裏に浮かんだのだ。
それを、渡してきたのだ。ついさっき。
言ってみればお義理のようなものなのに、渡す前には、こんなもの受け取ってもらえるのかとか、らしくないとからかわれるか、胡散臭がられないだろうかと気もそぞろで、それこそ今もなおあちこちでソワソワ意中の人を探したり見つめたりして落ち着きのない様子でいる少女たちと何ら変わりなかったのだが、そこはさばさばした性格の彼女らしく、思い切って先陣を切って渡しに行ったという訳だ。
結果、彼女の緊張と不安をよそに、渡した当の相手はそもそもバレンタインなるものを知らず、普通に菓子に喜んで、特に何の感慨もなくバリバリ食べた。
ゼシカはそんな赤毛の彼が、食べ終わるや否やさっさとグラウンドの雪遊びへ戻る姿を呆気にとられて見送って、そうして戻ってきたところというわけだった。
全く贈り甲斐のない話だ。けれど呆れながらもすっきりした気分で、そのまま足取り軽くクラスルームへ向かおうとしていたゼシカは、校舎の陰にひときわ大きな雪だるまがあるのを目に留めた。そう言えば、来る途中にもちらりと見たそれは、他より立派だなと思いはしたものの、その時はまだ、用意した自分のチョコとそれを渡すべき相手の事で頭がいっぱいで、目の端にとどめたきり忘れていたのだ。
その時は、雪だるましかなかったように思ったが、今見るとそこに人がいた。
「じゃあユノハ、現像できたら真っ先に渡すね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
聞き覚えのある声によくよく見ると、見知った顔が並んでいた。ユノハだ。その手前にもうひとり。どうやら雪だるまと一緒に写真を撮っていたらしく、カメラマンはサザンカのようだった。彼女は、そういえば朝食の席でちらっと見かけた時もカメラ片手で、カフェの窓から雪景色を撮影してたなと思い出す。とにかくシャッターチャンスは逃さないと公言してはばからない彼女らしい、今もおそらくその延長なのだろう。
ユノハに軽く手を振って、次の被写体へと向かおうとこちらへ駆けてきたサザンカが、ゼシカに気付いて挨拶してきたので、そのまま一言二言言葉を交わす。やはり朝からあちこち写真を撮り歩いているらしい。ゼシカまでついでのように一枚、去り際に了承も得ず撮られてしまった。
そんな彼女と別れるのと入れ違いに、ユノハがおはようございますと会釈してきた。どうも、会話を邪魔すまいと遠慮していたらしい。別にいいのにと苦笑しながらユノハに手を振り返すと、ゼシカは校舎へ向かう代わりに、ユノハの方へ向きを変えた。彼女の背後の大きな雪だるまに、改めて興味を引かれたのだ。
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA