【ジンユノ】SNOW LOVERS
「おはよー、ユノハも早いね。あれっ、その雪だるまって、ひょっとしてタマ!?」
近づいて初めて、ゼシカはその雪だるまが普通と違う事に気付いた。まるい頭に飛び出た目玉。
「あ、ハイ。タマだるまさん達です」
判ってもらえて嬉しいです、ね? と、いつものように抱きしめた縫いぐるみのタマの顔を、同意を得るかのように覗きこんでユノハが笑った。
「たちって、あっ、ホントだ、隣にちっちゃいのと二体も作ってある。え? これひょっとしてユノハが作ったの!?」
多分、いや、絶対そうだ。雪でタマを作るなんて、ユノハ以外にあり得ない。
でもこの大きさ。
隣に並ぶ小さい方ならいざ知らず、大きい方は、女の子一人で作るには無理があるサイズだ。いや、男子でも並みの生徒なら難しいだろう。ましてユノハのような小柄な子ならなおさらだ。
「信じらんない。まさかひとりで!? それにいったい何時作ったの? ユノハ、朝食の時までアタシやミコノ達と一緒だったし、そのあとアタシは野暮用で抜けたけど、それにしたってこんなの作るほどの時間は……」
軽く仰天して目を丸くして訊き返すと、ユノハはいつものように少しばかり恥ずかしそうに、タマの陰に半分隠れるようにして打ち明けた。
「ええと、実はその前、夜のうちに」
「夜って。この様子じゃ、昨夜とか相当な降雪量だったんじゃじゃないの?」
「雪の止み間が合ったんですよ。深夜……丑三つ時かな。夜中に目が覚めて、窓の外見たら真っ白だったので、思わず寮を抜け出しちゃって、その時です。ラッキーでした。逆にその時分じゃないと、雪が積もる前か、霙て溶けだしちゃってたんじゃないでしょうか。……朝にはほら、雨混じりになってたし」
「え? 夜中って、施錠されてたでしょうに。セキュリティだって……」
「はい、けど、監視カメラはわたし、あまり意味がないので。寮の玄関は夜間施錠されてますけど、電子ロックじゃない古いタイプの内鍵だから、申し訳ないですけど、出る時外して戻るまでそのままで……」
そうだった。
男子寮も女子寮も、年代物の建造物のドアは古めかしく見目はいいが、鍵まで同じく昔ながらの差し込んで回すタイプのそれで、どちらかというと飾りほどの意味と、せいぜい寮の門限を守らなかった者への締め出しの意味しかない(ちなみに門限に遅れた者は必然裏口に回ることになり、寮監にこっぴどく叱られる羽目になる)。だが外観と違い内部は先進技術を用いた改築がそれとなく施されており夜間警備のセキュリティも万全で、本来なら解錠されても入口に設置された赤外線探知機と監視カメラが侵入者を察知すれば即、内部に電磁ケージが出現、これを阻む仕様になっているから問題ない訳なのだが、光学透過能力を持つユノハなら、確かにそのどちらの探知も造作なく抜けてしまえる。
「あっ、でもあの、このことは内緒にしててくださいね? その、寮則破りですし一応……」
「あ、うん。言わない、言わない。それにしても夜中にとか。危ないじゃない」
「学園の敷地だからある意味どこより安全ですよ。それに暗いのは、わたし慣れてるので……寮を抜け出して、その、こっそりお散歩しちゃうのも、初めてじゃないですし」
そう言えば、ゼシカが彼女に初めて遭遇――存在を感じた、という意味で――したのも、やっぱり暗くなってからの時分で、その時もユノハは学校内を徘徊していたのだった。当時は噂にまでなっていたものだ。
しかしだからと言って真夜中の誰もいない学園内とか。暗くて足元とか危険なのは変わりないだろうし、第一お化けでも出そうで怖すぎて、自分だったら絶対やらないとゼシカは思う。
「この天気だし、朝にはもう溶けちゃってるかもってちょっと残念に思ってたんですけど、さっき来てみたら、軒下なのが功を奏したのか、それとも寒い時間帯に作ったからうまい具合に凍ってたのか、思いの外作った時と変わりなく残ってたみたいなんです。折角だし記念にしたくて、サザンカさんに頼んで、さっき一緒に写真に撮ってもらってたんですよ」
ニコニコと語るユノハは心なしか嬉しげだ。
「なるほどねぇ……にしてもよくやるよ。これ、ユノハより大きいんじゃ?」
「ああ、流石に大きい方は一人では……実は手伝ってもらっちゃいました」
「ああ、なるほど。そういや、大きいのと小さいの、顔のつくりが全然違うよね、道理で……」
納得しかけて、え、と首を傾げる。
手伝ってもらうって、じゃぁ誰に?
疑問を覚えつつ再度並んだ雪だるまを見て、そこに白ではない色を認めてゼシカは目を細めた。
雪だるまの胸元にリボンが飾られている。
「これって……」
「あっ、そうなんです。なかなか素敵でしょう? こっちの小タマちゃんにも飾ってもらったんですよ、ほら、ハートのとこ」
小さい方の雪だるまは、ハートを持ったような造形で、そのハートの丸い上端半分にななめにかける形で同じリボンが結んであった。
金と銀の二重のリボン。そのリボンに見覚えがあった。
昨日、皆でチョコを作っていた時だ。目的の、クラスメイト用義理チョコを作ってのち、各自が個人あてに贈るためのチョコをラッピングしていた、その時に。皆に交じって、ユノハもまた特別なチョコを用意しようとしていて、それに気付いたミコノが声を弾ませていた。
「ユノハもチョコ、あげるんだね?」
「えっと……内緒です」
その時は、単純にゼシカもそうか、と、ミコノ同様微笑ましいような、喜ばしい気分になった。
丁度、自分も慣れないラッピングなぞやりかけていて、他の人がどんな具合にするのか気になっていた事もあり、そのままゼシカは見るともなしにその作業を最後まで見守ったのだ。
だから気付いてしまった。その人一倍丁寧な、心のこもったラッピングが誰のためのものか。
青、紫、灰と色の異なる包装紙を三枚も使い、その包装紙もそれぞれ単色のシンプルなものだが、紙を漉く時に何か混ぜ物をしているのか特殊な漉き方なのか、紙そのものに模様のような独特の風合いがあった。包み方も少し変っていて、普通は底に隠す包装紙の合わせ目をわざとずらせて上面に持ってきて、それぞれの色目が出るようにしてある。これだけでも、紙のチョイスも含め、見た目以上に手間暇かかってるはずだが、ユノハは更に、わざと荒い織りで透明感を持たせた上にラメ素材を織り込んだ、キラキラ透けるような金と銀の二種類のリボンを取り出して、合わせてくるくると幾重にも巻いてリボンの造花をこしらえ、それを小指の先くらいの透明感のあるグレイの石が木の実のように三つほど、小さな葉っぱと共につけられた造花の、針金になった茎部分で押さえるように止める。それから箱に金と銀、それぞれの色が見えるようにリボンをかけて、最後にさっき作ったリボンの花を、色は似てるけれど素材の違う細いリボンで結び付け、結んだ先はハサミでしごくと魔法のようにくるくるとカールして箱にかかった。
手芸が好きというユノハは、こう言う事にも慣れているのか実に手際よく、梱包のプロのようで、感嘆して魅入っていたからよく覚えている。間違いない、今雪だるまに飾られてるのと同じリボンだ。
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA