【ジンユノ】SNOW LOVERS
それ以上追求する前に予鈴が鳴った。
「いけない、そろそろ戻りましょうか」
「あ、うん」
腑に落ちないまま、校舎入口へと歩きかけたゼシカは、タマに似せた雪だるまたちのすぐ近く、常夜灯の一つの真下にも雪だるまがあるのに気が付いた。
いや、正確には雪だるま、ではない。まるく転がした雪を固めて乗せたのじゃなく、こちらは雪を積み上げて形作ったと思しき、雪像とでも呼ぶべきものだった。それも雨交じりの雪のせいでか、すでに溶け崩れて原型をなしていない残骸だ。
似たような雪だるまの残骸は方々に転がっていたから、その一つだと思えばそうなのに、妙に引っかかって、ゼシカはそれに近づいてしげしげと眺めてみた。
どうもそれは、元は人型だったのじゃないかと思われた。上半身はどうやら溶ける時にもたずに崩れてしまったようで、半ば雪だまりのようになってはいたけれど、腰の高さくらいまでの下半身だけかろうじて、 歪んだ石柱のようになって残っている。
そこに、何か茶色いものをゼシカは見つけた。
泥がつくにしては、高い位置だ。
(何だろう……)
思わず手に取ってみる。
それは一欠けらのチョコレートだった。
どうしてこんなところに。
疑問に思うゼシカの足元の雪になにかあり、爪先で掻き分けてみると、雪に埋もれるように濡れてくしゃくしゃになった、見覚えのある包装紙だった。
どうして―――?
真夜中、寮の消灯時間もとうに過ぎていた、そんな頃に作られたという大きな雪だるま。
彼女ひとりでは到底不可能な大きさのそれ。と、そこに残されたチョコレートのラッピングリボン。
でも、学園中が寝静まっているような、そんな夜更けに誰に逢っていたと言うのだろう。
単純に考えるなら、それは虚言だ。でなければ妄想。夢想。幻覚。そう言う類。
でも、彼女の他に誰かいたのだと、他でもないこの大きな雪だるまがそれを物語っている。
ならここに散らばるこの残骸は、誰の痕跡……?
「ゼシカさん?」
あり得ない想像に、一瞬顔を強張らせ、ぶるりと体を震わせたゼシカは、呼びかけに我に返った。ユノハが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「どうかしたんですか? 早く戻らないと……」
その様子に、何ら不審な点はない。むしろ、知らない者が傍から見ていたら、ゼシカの方がよほど不審げに見えただろう。
「あのさっ」
ぐるぐる渦巻く疑問に耐えきれなくなって、ゼシカは、雪の中で冷たく凍りついたようになっていたチョコレートのかけらを握ったままユノハへと振り返った。
「昨夜、その雪だるま達――誰と作ったの?」
ユノハがゼシカを見る。透明な瞳に、ゼシカは何の色も読みとれなかった。そのまま瞳が伏せられて、彼女の口元がふんわりと笑みを刻んだ。
「……内緒、です」
その微笑みは謎めいて見えて、けれども不思議とクリアであたたかみがあった。
それははしゃぐような底抜けの明るさとは違う。
でも同時に、そこに一片の昏さも哀しみも感じない。
ゼシカが微かに懸念していたような危うさも微塵も感じられなかった。むしろ。
「……そっか」
最初に覚えた微かな戦慄は淡雪のように消えて、代わりに夜に浮かぶひとひらの雪のような優しいひらめきが彼女の理解を連れてくる。この手の話は苦手だと、そう思っていたのに、不思議とことんと胸に落ちた結論は、ゼシカをたいそう心温かな気持ちにさせた。
疑念を抱くのをやめ、穏やかな想いでそれを受け入れると、ゼシカは手にしたチョコレートの欠片を、こっそりと、でも素早く雪像の残骸の中に埋め戻し、最後にひとつだけ、確認した。
「あのチョコ、ううん、チョコだけじゃなく気持ち、ちゃんと受け取ってもらえたんだね?」
誰に、とはもう訊かない。
「はい。……ちゃんと、伝えられたので」
再びあげられたユノハの和らいだ瞳の中には、揺るぎない愛情と穏やかな満足が、満ち満ちてそこに湛えられていた。
「そっか。なら良かった」
温かな気持ちのまま本心からそう言うと、ユノハは更に嬉しそうにはい、と微笑んだ。
見ているこちらまで優しい気持ちになるような、そんな微笑みに、ゼシカも自然と顔を綻ばせる。
ああ、とてもいい顔だ。
きっと彼が愛してやまないのだろうその微笑みには、愛で満たされた幸せな想いが宿っている。
FIN
BGM:雪の音〜オルゴールアレンジ
https://www.youtube.com/watch?v=3hKigJkbGi0
作品名:【ジンユノ】SNOW LOVERS 作家名:SORA