shooting star
「なあ、獄寺。コレ見つかったらやばくねえか?」
最上階に備え付けられた非常用のはしごの途中で手と足を止めて、山本が不安げな顔でこちらを見下ろした。
「そんときはそんときだ。ほらさっさと昇れ」
思いついた場所は、住んでいるマンションの屋上だった。給水タンク以外何もないそこには、住民であれ上がるのは禁止されている。だが、獄寺にはそんなことは関係ない。山本は心配そうだったが、「見つかんなきゃいいんだよ」と言いくるめた。
山本がはしごの最上部に辿り着く。人一人通れる程度の小さなドアを開けて屋上に上がる。獄寺もその後に続く。
周囲の建物より一段高いこのマンションの屋上からは、空も、街の様子もよく見渡せた。中央に鎮座した給水タンクに寄りかかるようにして、二人並んで座る。
桜の花もすでに散ったとはいっても、日が暮れるとまだ肌寒い。星が点々と散らばる夜空をつまらなそうに見上げながら、獄寺は半袖のTシャツのままで出てきたことを後悔する。
「獄寺、そんなカッコで寒くねえか?」
身を縮こませる獄寺に気付いて、山本がそう聞いてきた。空を見たまま答える。
「別に、寒く…ね……」
言葉の代わりにくしゃみが出る。「寒いんじゃねえか」と笑って、山本はこちらにやってきた。そのまま背後から抱きしめられる。
「おい、何してんだよ。ぶん殴るぞ」
「え、こうすりゃ暖かいたろ?」
確かに、さっきまでと比べれば多少は暖かい。風邪を引くよりはましだろう。獄寺は鼻を鳴らしてその状況を受け入れる。
けれどすぐに寒さがぶり返してきた。くっついている背中などはいいのだが、ひやりとした風が、山本の腕の間や薄手のTシャツを通して、容赦なく身体を冷やしてくる。
「寒い!」
獄寺が怒鳴った。突然のことに山本は目を丸くしながら、「これでも着るか?」と言って自身が着ているセーターの裾に手を掛けた。
「おい、手ぇ退かせ」
言われるまま山本がセーターから手を離す。獄寺はおもむろにセーターの裾をつかむと、その中に潜りこみ始めた。
「獄寺、セーター伸びるって」
「るっせぇな、寒いんだよ」
Vネックの襟から顔を出す。それを待ちかねたように、山本はでれっとした笑みを浮かべて、また獄寺を抱きしめる。
セーター越しではなく、もっと近い距離で山本の体温を感じていたかった。正直に言うのは恥ずかしかったので、何も言わずに行動に移してしまった。けれど、恥ずかしいことには変わりなかった。照れ隠しに山本の顔をじろりと睨む。山本はやっぱり笑っていた。
夜空は沈黙したままだった。流れ星を探すのに一生懸命になっているのか、山本は何も話さない。何も起きない空を眺めているのに飽きて、獄寺が欠伸を一つしたところで、すっと、一筋光が流れた。
「見た?」
山本が訊ねる。獄寺が頷く。
また一つ、光が流れた。やがてそれは幾筋にも増えて、空はにわかに騒ぎ始めた。
同じように空を眺めている人がいるのだろう、下から何度も歓声が聞こえた。それに混じって山本の声。ぼそぼそとした声で聞き取れなかったが、何か願い事のようなものを呟いた気がした。
「なんだおまえ、流れ星に願い事言えば叶うなんてガキみてぇなコト信じてんのか?」
からかう口調で獄寺が聞く。山本は目を瞬かせながら答える。
「だって、こんだけ数あったら一個くらいそんな星があってもいいと思わねえ?」
「アホか。数打ちゃ当たるって訳でもねーだろ」
「そんなの分からねえだろ?」
そう言われるとそんな気になってくる。それ以上反論するのを止めて、再び空に集中する。
空は一時静けさを取り戻していた。二人とも黙ったまま、次の流れ星を待つ。
一際大きな流れ星。獄寺は囁くような声で、思いついた願い事を呟く。山本も何か呟いているのが聞こえた。
「あれ? 獄寺なに願い事したんだよ」
極力小さな声で呟いたつもりだったが、聞こえてしまったようだ。山本からの問いに、獄寺はしまったと顔を顰める。
「別に。おまえこそなんて願い事したんだよ」
「え、オレ? 獄寺が教えてくれたら言う」
「おまえが先に言えよ」
「獄寺が先に言おうぜ」
「ていうか、確か人に願い事言っちまったら叶わなくなるんじゃなかったか?」
「そうだった。んで、獄寺の願い事はなんだったんだよ」
「……山本、人の話ぜんっぜん聞いてねえだろ」
そんな言い争いをしている間も、流れ星は幾つも空を流れて消えていった。言葉に出さなくても、二人は思いつく限りの願い事を、心の中で呟いた。
またこうして、二人で流れ星を見ることができればいい、という願いも。
作品名:shooting star 作家名:伊藤 園