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メビウス/館京・お花見

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館林家から湯島の京一郎の下宿までは、九段下から水道橋を渡るのが一番近い。
ほんの30分ほどの距離だから、歩いてもどうということもない。けれど館林家を辞去する時には車を出されるのが常だったから、実際のところ館林家から京一郎が歩いて帰途につくことは数えるほどしかなかった。
その週末も通常であれば、一晩歓待されてのち車で送られていただろう。

「え、ご公務で…」
「はい、誠に申し訳ございませんが」

すでに馴染みとなって久しい館林家の執事が済まなそうに、玄関先で頭を深々と下げる。
急な主人の不在に恐縮しきりな姿に、むしろ京一郎の方が慌てさせられた。

「いえそんな、突然のご公務では仕方ありません」
「折角ご足労頂いたというのに…主人は留守にしておりますが、お茶くらいお召し上がり頂けませぬか。どうぞお上がりくださいませ」
「ええ、でも…」

老執事の心遣いは嬉しく思ったものの、逢えるとばかり思っていた恋人の不在はやはり胸に堪える。
ぽかりと存在を欠いた応接間に行けば、余計に寂しさを掻き立てられるような気がした。
これから戻れば、夕刻になる前に家に帰りつけるだろう。

「やはり、日を改めてまたお伺いします。よろしくお伝えください」
「左様で御座いますか…では、せめて車でお送りを」
「いえいえ。あの、帰り道少々寄りたいところもありますので」

流石に、立ち寄っただけだというのに伯爵家の車を我が物顔で使わせてもらうわけにはいかない。
そう仰らずに、と食い下がる執事の言葉をなんとか留めて、半ば逃げるように館林家を後にした。

「ふう…」

やれやれ、と額に浮いた汗を手の甲で押さえる。
4月も半ばに入ろうとする土曜の昼下がりは明るく晴れて、日なたに居ればそれだけでぽかぽかと体が温められた。サァジの学生服では暑いような心地さえする。
さて帰ろうと、元の旗本屋敷が立ち並ぶ静かな道を歩き出した。
このまま屋敷街を抜け、水道橋を使って神田川を渡れば、湯島は目と鼻の先だ。

「…あ、そうだ。こっちに行けば神保町かな」

ふと気が付いて、下宿先よりもやや東の方角を見やる。
そちらは普段行き来に使ったことはないが、招魂社からまっすぐ伸びた大通りがあり、その先には神田神保町があるはずだった。
大学も3年目を数え、この4月にはまた幾つか新規に講義が増えている。自ずと、調べるべき文献も多岐に及ぶようになっていた。

「大学の図書館に行けば大概の書物はあるけど、持ち出し禁止のものも多いからなあ…」

春の陽気は、散歩には丁度いい。
恋しい人の不在に鬱々としながら帰るより、古書を漁りに本屋巡りでもした方がよほど気も晴れるだろう。
――爺やさんについた嘘が、実になってしまったな。
慌てて辞去する自分を思い出してくすっと笑いながら、京一郎は神田の方へ足を向けた。


作品名:メビウス/館京・お花見 作家名:aya