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メビウス/館京・お花見

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日が傾きだしたとはいえ、春の陽射しはまだうらうらと暖かい。
新緑の木々に紛れて、五位鷺が白い羽を休めているのがちらちらと目に入った。

「神保町は、古書店が多いのだったな」
「はい。ちょっと覗いてみるだけのつもりが、つい何軒も回ってしまいました。あまり普段見かけないものもあって」
「その結果が、この荷物というわけだ」
「あの、本当に、申し訳ございません…」
「謝る必要はない。私が持ちたくて持っているのだから」

他愛のない話をしながら、二人並んで歩いていく。
ただそれだけのことであるのに、気持ちが高揚してくる。ふわふわと、足元が心もとなくなってくるような感覚に囚われる。
そこに桜花こそなかったものの、まるで先ほどの白昼夢が現実になったような。
現実感のないまま歩みを進めるうち、ふと、傍らの館林が川面に枝を伸ばす木々に目をやった。

「…あれは、桜だな」
「そうですね。この辺りは、川沿いのあちこちに桜が見られるようです」

花はもうすっかり散ってしまって、花びらの名残も残っていない。
青々とした葉もまた、それはそれで美しいですね――そんなことを口にしようとした時。
ふと歩みを止め、館林は道端に落ちていた枝を拾い上げた。
おそらくは、野分のように酷かった先日の大風で落ちたのだろう。やや大ぶりの枝は花を宿す前に折れてしまったようで、尖った断面が鋭く風の強さを物語っている。

「館林様…?」
「ああ…ちょっと待て」

人けがないことを確かめるように、周りに視線を軽く巡らす。
焦げたような濃い茶色の枝、その中ほどに館林が唇を寄せた。
睫毛が伏せられ影を落とし、二言、三言。
その刹那。

「…え、花が…!?」

先程まで花の蕾すら付いていなかった枝のそこかしこから、紅に色づいた小さな花が咲きだしている。初めはぽつり、ぽつり、やがて湧き出す水のように。
茫然と見つめるほんの数秒の間に、ただの茶色い折れ枝は見事な桜花の一枝になった。

「た、館林様、これは…」
「…上手くいったな」

ふう、と息をついて、伏せていた目が開かれた。その瞳は微かに悪戯めいた光を宿している。
目を見開いて固まったままの京一郎に、少し照れたような館林がその枝を手渡した。

「このようなことをしたのは久しぶりだ。小さい頃は、よく試したものだったが」
「…これは、館林様の…」
「ああ。私の異能は、もともとこういう方面に強いらしい」
「驚きました…!」

手の中の桜は、まさに満開の頃合いに手折られたように瑞々しい。
余りの美しさと不思議に溜め息をつき、京一郎はその花枝に顔を寄せた。
強い香りはしない。けれども春の芽吹きの香りが枝全体に纏わりつくようで、その快さに京一郎の顔も綻んだ。

「…美しいな」
「ええ…本当に、綺麗です」
「いや、花だけではなく」
「え?」

ふと顔を上げると、すぐ目の前に愛しい顔がある。
桜花越しに見るその端正な姿に、一層強い香りが立ち上るような錯覚を覚えた。

「桜に頼んだのだ。我が恋人のために、一たび咲いてはくれまいかと」
「あ…」

白い手袋の掌が、包むように頬に添えられる。
その温度を感じる間も無く、そっと唇が重ねられた。触れただけのそれが、惜しむようにゆっくりと離れていく。

「桜を見たかった。お前と共に」
「館林様…」

まるで、周り一面の桜の木々に包まれたように。
散り映える花びらが、水面に吸い込まれるその瞬間のように。
京一郎の視界には、桜の花と愛しい恋人だけがただ映り。

「次の桜の折には、満開の桜を見に行こう。一枝だけではなく」
「…はい」

再度、唇が重なる。今度は最初よりも深く、熱く。
乱れた吐息が漏れるのを抑えきれない。桜を潰さぬように気を遣いながら、体に回された腕に強くしがみつく。
はあ、と一息ついて唇が離れた時、互いの目に色の熱を認めて、なお離れ難くなった。

「…欲深い、とは」
「…え…」
「先程の問いだ。何が欲深い…?」
「…ああ、いえ」

ふと、笑みが零れる。何のことはない、お互いに同じことを思っていた。
私も桜を見たかったのです。貴方と二人で――
そう話したら、この人も笑ってくれるかもしれない。共に居られること、桜を眺められることの幸せに。

「後ほどお話します。私の家で」

下宿に帰りついたら、まずはこの桜枝を活けてあげよう。
接ぎ木をしたら、根付かせることができるだろうか。
来年もこの花を見て、今日のことを二人で話せたらいい。
欲深な私は、来年もその次も、その後もずっと共にこの人の傍に在り、共にこの花を眺めていたい――

「参りましょう、館林様」

夕日を映していた川辺の道は、次第に柔らかく闇に包まれていく。
二人が家への道を辿る後を、枝から離れた花びらが夢の名残のように追いかけていった。


作品名:メビウス/館京・お花見 作家名:aya