【ジンユノ】花びら一枚の記憶
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ユノハは僕を覚えてはいなかった。というより、過去生の記憶など、持ち合わせてはいなかった。多分、僕の母さんと同じ。
僕の方も、ユノハという名こそ思い出せたけれど、それ以上はやっぱり何も出てこない。相変わらず僕の記憶はあのワンシーンだけで、それ以上でも以下でもない。
ユノハに記憶がない事を全く残念に思わないかといえば、多分嘘になる。彼女が持っているらしい、記憶とも呼べないほどのイメージの中に潜む誰かが、僕ならいいと思ってしまうし、そうじゃない、誰か別の相手との過去生の縁に繋がる可能性を考えると胸が痛むし嫉妬めいたものさえ覚える。
それでも、今、彼女の傍にいるのは僕だ。彼女を見出したのも僕なのだ。
――その女の子にもしも逢えたなら、貴方にはきっとそうだと判るわ――
ありがとう母さん、あなたは正しい。理屈を越えた感覚を、僕は全力で信じ肯定する。
同時に思う。巡り合えて、また縁が繋がれたことに深い歓喜を覚えるけれど。
でも、ユノハを好きだという気持ちは、前世で好きだったから、とは多分少し違うのだ。
一目惚れは運命だと、母が言ったのだったか。だからひょっとして、前世からの縁で、彼女みたいなタイプを好む素養はあったのかもしれない。
けど、好きになったのは僕だ。今の僕が好きになった。だから、前世の僕の気持ちが理解できた。共有できた。
きっと、そういう事なんだと思う。でもまぁ、お陰で前世の分まで余計に僕は、ユノハが恋しくてしょうがないのかもしれない。
恋しくて、愛しくて、どうしようもないくらい大切で――だから――
(イヤ、しっかりして! 目を開けて! お願い、お願い、しっかりして! 駄目、駄目だよ、息をしてジンくん! 駄目、このままじゃ……誰か助けて! わたしのせいでジンくんが…っ! 誰か、誰か、早く来て誰か! ジンくんジンくん、しっかり! 大丈夫だよ、助かるよ、みんなすぐ来てくれる。そんな傷くらい――あああ、だめ、いや、神様お願い連れてかないで、お願い何でもします、代わりに私を殺して下さい、お願いですお願いです、ジンくんジンくん、嫌だよぅ、いやああぁ、置いていかないで、お願い――……)
視界の暗転した世界で、涙交じりの震えた声が聞こえる。声は聞く端から泣きじゃくるものに変わり半狂乱になって終いには泣き叫んでいるのに、同時に耳が拾う音は何かに阻まれるように遠く聞こえにくくなり、声はそのまま為す術もなく消えていく。これは僕の、夢の記憶。
言葉は解らない。でも、言ってる事はなんとなく解る。不思議な事に、自分は前世でも「ジン」と呼ばれていたらしい。あの子の名が「ユノハ」だったのと同じ。偶然か、神の計らいなのか、それとも単にその部分は、自分を指す名として勝手に脳が置換してるのかもしれない。
――本当はとっくに気付いていた。判っていた。あの夢の記憶は前後を見ることができないのじゃない。正確には、前を見ないのであって、後は元からないのだ。
あれは、きっと前世での僕の最期の記憶。
或いは、だからこそこんなに焼き付いて、消えずに残ったのかもしれない。
いずれにせよ、何があったのか定かじゃない。夢に見てる記憶の世界は、本当に死の際の際で、脳内でエンドルフィンでもバンバン生成されてたのか、それとも夢なればこそなのか、感覚の全てがぼやけていて、死と言う苦痛自体はあまり実感できない。傷がどうとかいってるようなので、どこか瀕死の重傷でも負っていたのかもしれないが、あの夢だけではよく判らない。いったい何があって、どういういきさつで僕は死に至ったのか。何もかもさっぱりだ。
どうしてあの子が「わたしのせいで」と、そんなことを言うのかも。
でも、何も判らないけどこれだけは判る。あの子のせいなんかじゃ、決してない。夢の僕も、そう思ってる。泣かないでと強く願う。壊れそうに嘆くあの子に胸が痛む。殺して、なんて言わないで欲しい。生きて欲しい。泣かせたくなかったのに、護りたかっただけなのに。あの後あの子は、無事だったんだろうか。それは微かに気にかかるけど。
でも、それは今は過去の世界。もう全部、終わった事なのだ。
今は、だから母の言った事が良く判る。
思い出したりしなくていい。あんな身の引き裂かれるような嘆きも、自分のせいだなんて見当違いな自責の念も、僕は、大好きな愛しいあの子に欠片も抱かせたくはない。そんなものを一緒に思い出す位なら、何も思い出さないで、忘れてしまってくれてる方が、ずっとずっと、正しいのだ。
何も知らなくても、僕が知ってる。また出会えたこと。今度はきっと、離れたりしない。僕が、したくない。
僕はユノハを泣かせたくない。笑っていて欲しい。僕の傍で、今度こそ。
花びら一枚になった記憶が、僕の中で誓いに変わる。
ユノハと出逢った日から、僕はあの夢をピタリと見なくなった。夢に焦がれる事もない。
あれほど鮮やかだった夢の記憶は、いつの間にか薄れ、あの鮮やかな髪の少女の面影は、僕の中で緩やかに、今のユノハのものに取ってかわっていった。
あれから兄達の勧めるまま、むしろ自主的に生徒会入りした僕を、ユノハは喜んで迎えてくれ、僕らはすぐに仲良くなった。夢と違ってたくさんの顔を見せる彼女に、僕は毎日恋をする。
そうして今日も、愛くるしい笑顔を見せてくれるのだ。望んだ通り、僕のすぐ傍で。
fin
作品名:【ジンユノ】花びら一枚の記憶 作家名:SORA