【ジンユノ】花びら一枚の記憶
この時の僕はまだ、彼女が極度に人見知りで恥ずかしがり屋なのだとか、男子は特に苦手でクラスメイトでもまともに話せないのだとか、兄貴達には少しは馴染んでるけど、それさえもまだ少し緊張してしまうのだとか、そういう事を何も知らなかったから、むしろ彼女の方が気さくな人だと感じていたのだけれど、それでもなんだか『特別』だと、そう言われているようで、どぎまぎした。胸が熱い。
「どうしてかな。やっぱり年下だからかな。ジンくんが生徒会来てくれたら、わたし、先輩ですよね。ふふ、お姉さんになるみたいで嬉しいな。わたし兄弟いないし、そういうの初めてです」
だからこんな風に言われてちょっと舞いあがった気持ちががくんと肩を落としたけれど、でも、それでもいい。兄貴達の策略に乗っかるのは癪だけど、半ば僕の心は決まっていた。なんだっていい。彼女の傍に、少しでも近づきたい。
「えと、多分……そうなったら、あの」
「もしそうなったら、よろしくね? あ、でも、生徒会じゃなくても、折角お話できたんだもの。これからも、――よかったら」
そう言って、彼女は少しまごついてたかと思えば、思い切ったように、僕へと片手を差し出してきた。
「え? あ……」
触れてもいいんだろうか。戸惑っていると、何を思ったかハッと顔をあげ、慌てたように手を引っ込める。
「ごめんなさい、そう言えばジンくん、ちょっと女嫌いなんだとも聞いてました……忘れちゃってた。あの、ごめんね、ひとりで舞いあがって煩くして押しつけて。もしホントは嫌な思いさせてたんなら……」
「ち、違う!」
僕は慌てて、制服のズボンでいつの間にか汗の滲んだ掌を拭う。
「違う、から。あ、改まるとちょっと緊張して……嫌なんかじゃ……」
淋しげに沈んだ貌から曇りが晴れる。焦ったような僕を見て、一転、やっぱり優しく微笑んでくれた。可愛い。どんな表情でもいちいち可愛いけど、やっぱり笑顔になってくれると僕がなんだかほっとする。
「あの、よろしく……えと、」
手を差し伸べかけ、そこでやっと僕は、まだ目の前の彼女の名前を知らない事を思い出した。今の名前。
「あ、あの、君の名前まだ聞いてない……」
しどろもどろにそういうと、眼前の少女は僕を見上げて不思議そうに首を傾げた。
「名前、最初に呼びませんでした? てっきり先輩たちから聞いて知ってたのかと……」
「え」
「ユノハ――真透ユノハ、です」
――ユノハ。それは夢のあの子と、奇しくも同じ――
驚きに気を取られている隙に、彼女――ユノハが、よろしくね、と僕の手を握った。
柔らかな、小さな手。
触れた途端に身体の中に一瞬電気みたいななにかが駆け抜け、僕は息を呑んで動けなくなった。そんな僕に気付く様子もなく、壊れそうなくらい華奢な指先があたたかく僕の手に絡まり、きゅ、と小さな力で握られた。カッと身体に血が昇る。さっき拭いたのにまた一気に手に汗が滲む気がした。べたべたして気持ち悪く感じさせるのじゃないかと思うと、うかつに触れられない。それにうっかり握り返したら壊れそうで、僕はただされるがまま何もできず、握られた手は軽く上下に振られ、すぐに離れた。ほっとすると同時に、それを酷く残念に思う。触れた感触が手に残って、手のひらが熱い。
その感触を名残惜しむように掌を握りこむ。きっと赤くなってる顔を見られまいと、俯いて、こちらこそ、とだけもごもご呟いてしまった。あまりにもそっけなかったかとそろそろと見返すと、ユノハの方でも、はにかんだように伏し目がちになっていて、でも顔をあげて嬉しそうにふんわり笑った。花開くように。
「改めて、入学おめでとう! これから仲良くして下さい……ね。ジンくん」
この子が好きだ。
名を呼ばれて、笑いかけられ確信する。やっと気付いたと言い変えてもいい。
気付いてしまうともう、際限なく想いが溢れた。どうしよう。こんな気持ち初めてで、どうしたらいいのか判らない。本当に、本当に好きだ。
そしてやっと理解した。夢の僕もまた、夢の中のあの女の子――もうひとりの「ユノハ」が、本当に好きだったのだ。
好きで好きで大好きで、だからきっと特別だったんだ――
作品名:【ジンユノ】花びら一枚の記憶 作家名:SORA