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今吉探偵と伊月助手の華麗なる冒険。前篇。

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今吉探偵と伊月助手の華麗なる冒険。前篇。



青峰に渡されたメモを頼りに、その無人駅に降り立ったのは二人の男である。一人は絣の単に少し寄れが残った袴におろしたての白い足袋と下駄。もう一人は黒い学生服に黒いインバネスコートをきっちりと羽織って、ボストンバックを下げている。
「翔一さん、何入ってんですかこれ重たい・・・!」
「まーま、そんなん後でどうとでも知れるて。それより月ちゃん、見てみ。帝都じゃお目にかかれん見事な山麓やでー。」
翔一さん―今吉翔一は桜のステッキで中折れ帽をくいと押し上げ、眼鏡の向こうに人を食ったように笑う。対して、月ちゃん―伊月俊は、ふいと一つ息を吐き、コートの襟を正した。蒸気機関が去った無人駅は、また人気がないことも手伝って少し冷えた。
無人駅の改札を抜けると、壮年の男が腰を折って二人を出迎えた。
「ようこそ、お越しくださいました。」
まるで、藁にでも縋った、溺れる人のような表情で。
百日紅が見事な山間の村だった。青峰大輝という一人の警官が、今吉に持ちかけてきた話はこうだ。帝都から蒸気機関車で半日ほど行った先の山間に小さな村がある。そこで最近神隠しが頻発している。駐屯の警官はいるが、この文明開化も疾うに済んだ国では『神隠し』なんて呼ばれる事件に人員を裂く暇がない。事実、駐屯していた警官は、今吉、伊月とすれ違うように、先日村の男が女性を巡って刃傷沙汰を起こしたというのでその件で本店に向かったらしい。
今吉翔一は帝都の一等地に事務所を構える私立探偵だ。呼ばれもしないのに首を突っ込んで解決した事件は数知れず、持ち前の頭の回転の良さで色んな場面を潜り抜けてきた。そしてすっかり顔馴染みになった青峰がこの件を内密に持ちかけてきたわけだ。ついでに伊月は探偵助手と医大生の肩書を持つ。普段は大学に通いながら今吉探偵事務所の雑務整理をしている。依頼者の接客なんかはその女性的でありながらも凛々しいその顔のお蔭か、今吉本人が出てくるよりも好評である。同僚の花宮真はどこか悪辣に今吉を見上げており、今回の同行を無理矢理伊月に押し付けた。放っておくと何をしでかすか解らない上司でもあるわけだ。
村に案内される途中に見えたのは、延々と水田だ。山麓方面に向かっても棚田が張り巡らされ、もう二三か月もすれば美しい黄金の田畑になるだろう。それなのに村にはどこか活気がなくて、片手で間に合う人数とすれ違ったがどこか陰鬱な表情で外からの来訪者を胡乱気に見ていた。案内人の男は村長だと名乗った。家に連れられ、広い敷地の大きな家屋が暫しの家になる。宿という上等な施設が無いのである。まあ、あったとしてもこんな鬱々とした気配の村には遊びに来んなぁ、というのが今吉の意見ではあるが。
「にしたって納得いかんわー。」
道行に村長の話を聞いてボストンバックは女中が用意した部屋に持って行ってくれたのをこれ幸いに、資料集めという名の散策のため家を出て、暫く行くと子供が輪になって遊んでいた。
かーごーめーかーごーめー
かーごのなーかのとーりぃわー
「何がです。最初の神隠しが半年前、月一か月二くらいのペースで子供・・・そうですね、聞く限りは十歳そこそこですか。確かに消えてますよ。」
「こんなちんまい村でか?帝都やったら物陰に紛れ込んだら子供なんぞ売られてそれこそ消えるけんどやな。」
まあそうですが、と伊月は口元に手をやって。駅とは逆方面に歩き出すと、急に民家が増えて井戸端には雑談する女あり、それを呼ぶ男あり、無邪気に遊ぶ子供あり。畦道に今吉は座り込み、中折れ帽を団扇のように扇ぐ。あっついなぁ、なんて呟いて。
「全部で八人か。どこで何をしよるんやろ。」
「それを聞いて回って探して回って、親元に帰してあげるのが翔一さんのお仕事ですね。」
にこり、切れ長の黒目勝ちな目元に笑みを湛え、伊月もインバネスコートを小脇に抱えてしゃがみ込む。蜻蛉が今吉の差し出した指に止まって、伊月に覘き込まれて飛び立った。
「とりあえずは、日が暮れる前までに少し聞き込みをして、出来れば俺たちが来ているって知ってもらわないとですね。」
「あー、その辺心配いらん。日本人に留まらずやけど、こーゆーちっさいコミュニティっちゅーのは娯楽が少ないさかいに噂がすぐ広まりよる。さっきも井戸端のおばちゃんら、月ちゃんのこと、よー見とったわ。」
「あー・・・。」
流石に無自覚とは言わさへんで、とばかりに今吉が薄く笑うので、伊月は頬を掻いて微笑は苦笑に変わった。
「にしても月ちゃん。」
「はい?」
「そんな、ちゅーして欲しい?」
「なぁッ・・・ん!?」
座り込んだ相手にしゃがみ込んだ態勢で覗き込むのはその時点で重心のイニシアチブは向こうだ。近距離からこちらを窺う伊月の腕をちょいと引っ張るだけで今吉はその桜色の唇を奪える。ぷはっ、と逃れたいつもの白磁の肌は色めいて、ごしごしと口元を擦っている。
「しつれーやでー?」
「どこでも盛るな腹黒眼鏡!」
田舎って風通しいいんですからね!と半ば涙目で喚いて飛び上がるように立ち上がって、慌てて周囲を見渡す様子に今吉はいつも通り、喉の奥で低く笑う。
「かわええ月ちゃん。」
「嬉しくない・・・。」
あのこがほしいー
あのこじゃわからんー
しかもあっちこっちに子供遊んでるしっ、なんて今度は目の良さに後悔している様子はなかなか面白い。
「おねぇやん、どうしてズボンはいてるの?」
「・・・あ、っと?」
花一匁は終わったらしい。絣の着物に草履を履いた女の子が、つんと学生服の裾を引いた。ぶっはと噴出した上司の頭には後輩から教わった掌底でも食らわせてやろうかと思った。
「せやから月ちゃん、袴にしときーゆうたのにー。」
「下校からそのまま来たんですから仕方ないでしょう!・・・俺は男の子だよ。」
女の子の目線まで腰を折って話す姿にあれもそれもと質問が投げかかる。子供は知りたがる生き物だ。
「月ちゃんっていうの?」
「伊月っていうの。だから翔一さん・・・このおじさんね。翔一さんは月ちゃんって呼ぶ。」
「おとこなのにちゃん付けでよぶの?」
「翔一さんは呼ぶの。」
「つきちゃんいくつー?」
「しょーいちさんいくつー?」
「とーりゃんせしよー!」
「つきちゃんもしよー!」
「えっ、ちょっ。」
「おじちゃんは見とるわー。月ちゃん気張りー。」
「つきちゃんきばりー!」
ひらひらと中折れ帽を振ってくる上司は心底読めない。子供たちが遊ぶ広場は少し前まで田圃として機能していたのだろう、でこぼこと革靴の底を引っ掛け、子供の背丈に合わせて遊んでいるのか遊ばれているのか解らない伊月の姿に、子供も、今吉も笑った。
「つきちゃんたちは二人できたの?」
「うん、二人だけ。間に合ったらもう一人来るかな。」
「じゃあさんにん?」
「さんにん・・・。」
「ちょっとおおい・・・?」
「けすのたいへん・・・。」
夕暮れまではあちこちの声を聴くのだろうと思っていた伊月だが、夕暮れの中、真っ赤に染まった鷲の眼の背後、囁く声音に振り返った。
「消す・・・?」
「こらっ迷惑でしょう!」
ぱちんっ、と乾いた音は母親が子供の頭を弾いた音で、正に田舎の肝っ玉母ちゃんに伊月は思わず笑った。