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今吉探偵と伊月助手の華麗なる冒険。後篇。

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今吉探偵と伊月助手の華麗なる冒険。後篇。



「おはよう、つきちゃん!」
相変わらずの学生服に朝の冷気にはインバネスコートを着込んで、てくてくと村の砂利道を歩いていると、ぱしーん、と背中をちいさな手に思いっきり叩かれた。
いつか、姉を見つけてくれと訴えた少年だ。
「おはよう。今からお習字だ?いってらっしゃい。」
「行ってきます!」
粗末な鞄からは、硯と筆と墨がからからと音を立てて賑やかだ。学力や学歴なんてものもあるが、どんなものであったとしても学ぶことは楽しいし知識が増えるのは素晴らしい。
真っ青に晴れた空の下で、ぐいっと伊月は腕を持ち上げる。
「あー、バスケしたーい。」
「でもボールがあらへんなぁ。」
「ゴールが無かったらシュートも出来ないしなぁ。」
「走り込みでもする?」
「はっしりこみするな!キタコレ!」
「尻込みやドアホ。」
「あ、翔一さん、彼女どうです?」
「今までの流れ無視?ワシはどういう扱いやってん!?」
「あ、おばさんたち協力的で助かりましたね。」
たっとそのまま今吉を放って勝手口に出てきた近所の奥さんに駆け寄り、頭を下げた伊月に、ほんまよぉ出来た子ぉやで、と着替えもしていない彼は頭を掻いて苦笑した。
「翔一さん、朝ご飯どうしますー?作って貰っちゃいますかー?」
「おー。好きなもん作って貰いー。」
伊月が勝手口に入ると朝食の準備をしてくれている女にはゆっくりしていなさいと言われてしまったらしい女中が居心地悪そうに上り框に腰かけて、伊月をぼうと見やった。
「大丈夫ですよ。勤め先はどうにかなります。そうじゃないと翔一さんが社会人やってる都合つかないじゃないですか。」
「どういう意味やー月―?」
「どうもこうも、そのままですよ。婦女子の前で寝巻のままだとか、常識的に考えてどうです?ほら、こんなひとでも何かやらかしてお金貰ってんですから。」
「やらかしてって人聞き悪っ!」
「はい、翔一さん、お着替えお着替え。さっさと着替えないとひん剥きますよ。」
「いややわー月ちゃんの狼さん!」
しかし常識的に考えてどうだろうか、と伊月は今吉を部屋に押しやりながら思う。突発性とは言え、子供を無くしたショックによる失語症だ。子供を無くし声を無くし職を無くしそれから何をまだ奪うのだろう。喋れなくても上手く稼ぐ輩はいる。花宮にでも相談すれば二秒で八十通りは考え出してくれるだろう。勿論法律や法令の網目を巧妙に掻い潜った犯罪擦れ擦れの手法を。
「俊。」
「はえっ!?」
インバネスコートを丸めて抱え、襖に凭れて座り込んでいるとその襖が開けられてころんと後ろに倒れ込んだ。見上げた天井と自分の間には、単に寄れの残った袴姿の今吉がいる。
「後頭部打った・・・。」
いたた、と起き上がりかければきちんと足袋も履いている。いつもこうやる気ならいいのになぁ、なんて前髪で表情を隠して笑った。
「気にすなや。確かにあのひとの稼ぎをワシらは奪った。でもな、俊が気にしたらあかん。そういうのはワシに任しとき。汚れ役はワシでええねん。俊は、月ちゃんはな、ワシの隣でにこにこしとったってや。」
「翔一さん。」
「なんや?」
潤んだ声音に普段通りの返しを聞いて、縋りたくなる。
「ひ、とりに、して。」
「ん。晩御飯は一緒に食べよな。」
夕飯の時間までに、泣くなり物に当たるなりして復活してこいと、そういう意味だ。今吉は伊月のすることを拒絶しない。只管受け入れる。受け止める。全部知って抱き締める。だからこそ、伊月は誇れる自分でいたいのだ。どろどろに淀んだ感情は嫌いだ。吐き出して薄めてどうしても消えない澱だけは箱にしまって鎖を巻いて厳重に鍵をかけてこころの奥底にしまい込む。嗚咽の声もなく涙だけが零れる黒曜石が埋め込まれたような切れ長の美しい目が見止めたのは縁側に水の入った盥と手拭いが用意されていることだ。
しょういちさん。
唇だけで呼んだ名前は、朝の空気にとろけて消えた。
熱を持った目元に濡らした手拭いを乗せてそのまま転がって、伊月は歌を聴いた。
かーごーめーかーごーめー
かーごのなーかのとーりぃわー
いーつーいーつーでーやぁるー
よーあーけーのーばーんーにー
つーるとかーめがすーぅべったー
うしろのしょうめん
「・・・誰・・・?」
蜩が啼く中、ふっと意識が浮上する。
「おそよーさん。」
「あ・・・。」
手拭いを退けて瞬けば、いつも通りに何を考えているのだかよくわからない笑顔を眼鏡で隠した今吉が、膝を伊月の頭と畳の間に入れて座っていた。
「おばちゃんら、晩御飯作って帰ってくれはったから、食おうか。」
「あのひとは?」
「うん?先生おるやろ、子供らに読み書き教えとる。そのセンセが明日からウチで飯炊きしてくれるか、ゆうて。」
「安心、した。」
「さよか、よかったな。」
「よかった。」
いつの間にだか握り合っていた手にすり寄って、先に飯な、と笑われた。何を強請ったと思われたのかと耳元がじわじわと熱くなると、ぶっはと遠慮なく笑われたのでぺしこんと頭を叩いておいた。眼鏡が飛んだ。
女中だった彼女は急に環境が変わるものなんだと自分の分は炊事場に用意していた。
いただきます、と手を合わせて、食事時は基本的に静かな二人はその静寂を破った音に振り返った。玄関の扉が誰かに叩かれているのだ。しかも切羽詰った様子で。
「はいはーい!今開けるさかいに待ったってー。」
一瞬感応が遅れた伊月に、待てと合図した今吉の表情が僅かに陰る。
「月ちゃん、今日の天気、どうやった。」
「朝はとても・・・いい天気でした。」
その瞬間に浮かんだ客人の用件は、残念ながら見事に的中した。
消えた子供の写真を見せられて、伊月は言葉を失った。今朝、彼は行ってきますと笑って駆けて行ったのではなかったか。今度この村に来る用事があったら鉛筆の類をお土産にしたら喜ばれるかもしれないなどと、呑気に考えていた。だってあれから会えなくなるなんて嘘だろう?
「う、そ。」
「月ちゃん、崩れたらあかん。」
耳打ちに我に返って笑う膝にぐっと力を込める。ぱたぱたと、勝手口から駆けてきた女性も状況を把握したのか、ひとつ頭を下げて後ろに退いた。
「何なんやほんまに!」
頭皮を掻き毟る様に今吉は髪をぐしゃりと乱し、考え、考えや、とぶつぶつと呟いている。
「こっ、この子の荷物って・・・?」
「先生の所へ行ってくるってそれっきり。」
「そして、私の所から帰りました・・・。」
眼鏡をかけた坊主頭の男性が『先生』らしい。片足を引きずっており、そのため村に残ったのだ。
「月ちゃん、地図。名簿も。」
「はいっ!」
「この子のお姉さんも隠されたて聞いとります。」
はい、と母親は涙を湛えて頷いた。既存の村の地図と伊月が作成した地図の確認。差異や変化は見られていない。
「年は・・・。」
「来月で十です。」
「誰や。誰が隠しとる・・・。」
名簿を見ても法則性は無い。男女問わず、十歳前後の、客観的に眺めて可愛らしい、詰みか、と今吉の頭の片隅に過る。
「あの、途中で変化とかありました?」
不意に先生が口を開く。一歩退いていた女性に向かって。
「え、何・・・。」
「いや、あの、え、あなた方が言ったのでは・・・なかった・・・?じゃあどうして・・・。」
「ちょぉ待ち、話が見えんのやけど。」