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対蟲討伐者ツムギ外伝/第一話『二人の討伐者』

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第一話『二人の討伐者』

 塗料の削れかけた『立入禁止』の看板。
 意味を為さないフェンス。
 引き剥がされたアスファルト。
 ここは、廃墟。
 いや、もはや荒野と表現したほうがいいだろう。
 かつては灰色の摩天楼が所狭しと立ち並ぶ大工業都市であったここヘイゼン市も、いまやその面影すら残されていない。
 そんな人っ子一人いるはずのないこんな場所に、人影が二つ。
 この地区の危険性を鑑みれば、人間がいること自体がただでさえ異様であるのだが、それ以上に、砂利ばんだ道を闊歩する怪しげなその二人組からは、どこか只者ならざるオーラが窺い知れた。
「チッ、こんなもんまで食うのかい、あの悪食どもは」
 片割れ、赤髪の少女が蹴飛ばした小石大のセメント片が、枯れ果てた地面を転がる。
 蟲害。
 数十年前に突如として大量発生した『蟲』と呼ばれる生物。蟲は同族以外の全生命体を捕食対象としており、人間もその例外ではない。
 その蟲が跋扈した影響で、かつて人類は滅亡の淵まで追い詰められた。
 蟲の暴食による人口減少、食料不足、生態系の崩壊……。
 あまつさえ、この一帯の蟲は人間、他の動植物では飽き足らず無機質をも食い潰し始めているらしく、そのせいで、彼女たちの立つ地は特に被害が甚大となり、すっかり名残程度の混凝土の破片を僅かに残すばかりの渇いた大地と化しまっていたのだ。
「蟲にはまだまだ知られざる生態があるからね。ま、僕はそんなもの知りたくもないけど」
 冷たい声で吐き捨てるように言ったのはツクモ。イスラムの黒装束、アバヤを身に纏った猫背の人物だ。
 顔布で素顔は隠され、ゆったりとした装束故に、身体のラインもまったく窺えない。
 唯一覆われていない、気だるそうに半ば閉ざされた碧い眼だけが、知見できるツクモの身体的個性であった。
「アタシだってご免だよ。蟲どものプライベートなんて、考えただけでゾッとするね」
 けらけらと笑いながら大股で歩く、赤髪琥珀眼の少女は煉。肌をほぼ見せないツクモとは対称的に、ホットパンツにチューブトップの上から、ノースリーブのパーカーを羽織っただけという過激な格好をしている。
 その露出度もさながら、それ以上に目を引くのが彼女の背に逆さに負われた大瓢箪だろう。
 驚くべきことに自身の身長ほどもあるその瓢箪を、彼女は軽々と担ぎ歩いているのだ。
 色は加工のなされていない素地の土埃色(カーキ)。縄ほどの太さの飾り紐は彼女の髪色と同じ赤である。瓢箪本来の機能から察するに、恐らくではあるが何かが充填されているのだろう。
 さて、もちろん彼女たちはこの荒廃した時代の、荒廃した場所にピクニックをしに来たわけではない。
 『討伐者』。彼女たちはそう呼ばれている。
 大量に出現した危険な侵略者、『蟲』を掃討する役目を負った者達だ。
 煉とツクモ、この二人もまた、討伐者として依頼を受け、蟲を排除するためこの危険地区に足を踏み入れたのだった。
「……早速お出ましのようだよ」
 街の入口から数百メートルを歩いたあたりで、ツクモが口元の布を掻き下ろしながら囁く。
 彼女がそう言ったものの、周囲には依然、動く物影はおろか、何者かの気配すら感じられない。
 しかしツクモの双の碧眼から放たれる刺すような眼光は、確かに何かを捉えていた。
「数は」
 先ほどまで悠長に両手を頭の後ろに置いていた煉も、たちどころに身構える。顔つきもどこか、予断ないものへと切り替わった。
 無駄のない動きで二人は背中合わせになる。
 砂埃舞う戦場に、緊張が走った。
「十数メートル周囲に七~八。それほど多くはない。まずは前哨戦、ってところだね」
「じゃあツクモに任せるわ。その頭数にアタシの攻撃はオーバーワークだ」
 静かにふたつの視線が交差する。
 長年、修羅場を共に潜り抜けてきたことによってチームワークが培われた二人に、余計な言葉は必要ない。
 吹き荒ぶ渇いた風だけが、この息の詰まりそうな沈黙を揺るがしていた。
「――来るよ!」
 衝撃音と共に大口を開けた蟲たちが飛び出してきたのは倒壊したビルの瓦礫の陰からでも、乗り捨てられた乗用車の残骸からでもなかった。
 意外。それは地中から現れた。
「キシャアアアアアッ」
 二人を囲むように、円状に襲い掛かる八匹の蟲。
 しかしそれも想定の内と言わんばかりに煉とツクモはそれぞれ反対方向へと駆け出す。
「おらっ!」
 煉は勢いと体重を乗せた突き蹴りを蟲の一匹にお見舞いし、包囲網から躍り出る。
 柔らかい腹部に重い蹴りを浴びた蟲は、声にならぬ悲鳴を上げ、モルタルにのめり込んだ。
 一方、ツクモは蟲たちの遥か頭上へと跳んでいた。
 先と打って変わってその目は大きく見開かれ、白眼が大きく露出している。この無機的な四白眼こそ、彼女の特異能力が発動された証なのだ。
 そして何処からともなく取り出され、その諸手に握られているのはFN Five-seveN――威力と装弾数に優れた自動拳銃だ。
 それが二丁。そう、二丁拳銃。
 それは制圧力と引き換えに命中精度をほぼ皆無にするという捨て身の荒行。
 しかし、そんな無鉄砲なスタイルからは到底実現できないであろう正確さで、ツクモは鉛の雨を降らす。
 5.7x28mm弾が生み出す高初速、高貫通力は易々と蟲たちの外殻を穿ち、正確無比、一寸のズレなく蟲のウィークポイントを破壊した。
 ツクモが地に足を置くまでの刹那、彼女が屠った蟲は、数にして四。ほぼ半数である。
 しかし、無残に殺された仲間など眼中にないがごとく、残りの蟲たちは獲物に喰らいつこうと身を弾ませる。
 否、その実、数秒後に獲物として狩られたのは蟲たちのほうであった。
 波状に迫り来る蟲たちを躱しながら、ツクモはそつなく向かえ撃ち、撃ち落す。
 三匹目、つまりは最後の蟲を華麗な足技で捌くと同時にツクモはグリップ横のボタンに力を込めた。
 リロード。
 余談だが、ツクモの愛用するFive-seveNの弾数は20発であり、それを二丁扱うということはつまり最大40発の弾丸が放たれるということだ。
 彼女はホールドオープンを確認するよりも速く弾倉を捨てた。なんと、この混みあった戦況で、ツクモは各20発の弾薬をすべて"把握"していたのだ。
 蟲が体勢を立て直し、愚直な攻撃を繰り返そうとしたときにはもう手遅れだった。
 リロード完了。
 銃口はすでに蟲に向けられ、引き金はまさに今、引かれようとしている。
 パン、という発砲音。
 その後には、身体を綺麗に一直線に射抜かれた蟲の屍骸が地に臥しているだけであった。
「…………」
 会心の立ち回りで蟲を皆殺したツクモ。しかし彼女の眉は無言のうちに顰められていた。
 違和感。
 初撃、蟲が地中から顔を出した瞬間から、ツクモは微妙な引っ掛かりを感じていた。
 そして、その違和感の正体を確かめるべく、ツクモはおもむろに今しがた自らが葬ったばかりの蟲の亡骸に近づいていく。
「……こいつは……」
 ツクモはそれを摘み上げ、しげしげと眺める。
 外見は討伐者たるツクモがよく見知った、第一段階の蟲そのものであったのだが……。
 やはり、何かがおかしい。