対蟲討伐者ツムギ外伝/第一話『二人の討伐者』
見た目には見えない小さな認識のズレ。ツクモの直感は五感を通し、それを敏感に察知していた。
(何かを……見落としている?)
ツクモは潔癖症故にこの小さなズレが気になって仕方がなかった。
そして能力上、直感を頼りとする彼女だからこそ、誰よりもこの直感を無視してはならないとも理解していた。
しかし。
「ひゅー! いつ見ても惚れ惚れしちゃうねえ!」
唐突に奔放そうなはつらつとした声が飛び入ってくる。
脇から傍観していただけの煉が、呑気に口笛交じりに茶々を入れてきたのだ。
「お見事お見事――ん? どした?」
「……いや。ま、こいつらは幼虫だからね、この程度ならなんら障害になりえないよ」
気ままな煉に興を削がれたツクモは、ぽっかりと穴を穿たれ、死後痙攣を繰り返すだけのそれを放り棄てながら、やれやれといったように称賛に応えた。
「流っ石、アタシが見込んだだけのことはあるねえ。討伐者ランクB、乱射魔(トリガーハッピー)のツクモ、いや、能力的には"把握"のツクモってとこかい?」
"把握"。そう、それこそがツクモが蟲と戦うために与えられた能力である。
周囲の情報をいち早く把握し、自らが有利に戦えるように立ち回れる能力だ。
とは言っても、超能力的なそれではなく、五感を鋭敏に研ぎ澄ませ、そこから得た情報を高速で処理している、といったものであるため、その過剰使用は気だけでなく脳にも多大な負荷をかけることになる。
しかし、破壊力と制圧力を誇るFive-seveNをほぼ乱射に近い形でありながら一発も外すことなく全て標的に叩き込んだ手腕は、常軌を逸したレベルであるというのもまた確かだ。
射出した弾薬の弾道、速度、反動、敵の動き……それら全てを解析し、把握できる彼女の能力は、武器、とりわけ銃火器を扱うことで申し分なく引き出されていると言えるだろう。
「……はあ」
ツクモが大きな溜息をつくと、何の前触れもなく煉に愛銃を突きつけた。
「ちょっ、待てって、えっ、アタシなんか怒らせること言っ――」
続けざま二発。渇いた銃声が弾ける。
銃身から放たれた弾は赤毛を掠め、その背後の、先程まで壁に沈んでいたはずの蟲の息の根を絶った。
煉の殺し損ねた蟲が、彼女を背後から襲えるほど至近距離に潜んでいたのだ。――事実、ツクモが発砲した瞬間には、牙を剥き、あわや煉に喰い付く直前であった。
「だから言ってるだろ。君はいつもいつも詰めが甘い。戦場では一瞬の油断が死に繋がる――わかった?」
わざとらしく再び、大きな溜息を吐くツクモ。
本気で撃たれたと思った煉は未だ表情を固めたままである。
「いや、だからって突然銃を向けなくても……」
「わ・か・っ・た・?」
なおも口答えをする煉にツクモは、聞き分けのない子どもを叱るように再度警告する。
ちなみに目は見開かれたまま、銃口も煉に向けられたままである。
「わ、わかったからその顔で凄むのやめて……」
流石に楽天家の煉もツクモのひと睨みには敵わず、しおしおと降伏した。
「まったく、しっかりしてよ。討伐者ランクC、爆弾魔(ボマー)の煉?」
半ば涙目の煉をよそに、拳銃をアバヤのどこかに隠納したツクモはすたすたと歩みを進める。目もいつの間にかアンニュイな半目に戻っていた。
「ちょっ、待ってってばあ!」
「僕は煉の護衛じゃないんだからね、もう僕の足を引っ張らないでよ。あと暑苦しいからくっつかないで」
「にゃはは、こんなんだからアタシはアンタとチーム組んだんだけどねー。いやー正解正解」
反省の色もなく、嫌がるツクモなどお構いなしに肩を組み鼻歌交じりに意気揚々と邁進する煉。
(本気でこいつとのコンビ、考え直そうかな……)
それに辟易するツクモ。
『ヘイゼン市内の蟲の討伐とその発生源の調査』それは低ランクながら練度の高い討伐者のチームであるツクモと煉にとっては至極簡単な任務かに思われた。
しかし二人はまだ気がついていなかった。蟲たちが現れた穴の底深くに脈打つ、邪悪な気配に……。
作品名:対蟲討伐者ツムギ外伝/第一話『二人の討伐者』 作家名:良多一文