ライフゴーズオン
繁華街から少し外れ、閑静な公園まで歩いてきた流子と皐月はふと立ち止まった。流子が後ろを振り返りぽつりとつぶやく。
「マコ、置いてきちまってよかったのかなあ」
「一人なら多少の心配もあろうが、蟇郡がいるのだぞ。それに満艦飾が自分で言っていただろう、『人生は調子外れてからが本番』だと」
友人を心配する流子を皐月は優しく諭した。
「違いねえや」
親友は確かに通常以上にはちゃめちゃな様子を見せていたがどうやら心配は無用、と流子は緊張を解くように表情を崩した。近くのベンチに座るよう流子に促した皐月は自らも座ると口を開いた。
「満艦飾よりも心配なのはお前の方だ。流子、何かあったのか?」
「何かって、別に何も」
「何もなければ最初から訊かぬ。私を見くびるな」
真っ直ぐ自分を射抜くように見つめる姉の真剣さに、流子は参ったとでもいうように自らの額に手をやり、上体を背もたれに預け足を投げ出した。
「わかった、白状するよ。っても大したことじゃないよ。――鳳凰丸とかいったか、あいつどうしてる?」
一息置いた流子は皐月に尋ねた。
「意識は戻らんが身体機能に問題はないようだ。信じがたいことだが、やつの体組織と融合していた生命戦維がすべて活動を停止して消滅したそうだ。何をしたのだお前」
「何って、あいつの体ん中に隠されてた原初生命戦維の破片全部断ち斬りバサミでぶった斬ったんだよ。姉さんにもそれは話したろ。生命戦維が消えちまったのはどうしてそうなったかはわからない。私が入ったせいで拒否反応でも起こしたのかな。おかしいよな、私ん中の生命戦維は消えちゃいないのに」
投げ出した足を戻し、背筋をやや丸め視線を落として流子は続けた。
「全部斬った後、中であいつ泣いてたんだ。羅暁様と自分を結ぶ絆はこれだけだったのに全部斬られた、何もなくなった、って。そん時はさ、むしろ腹立ててたんだ。てめえだけが大事な存在失ったと思うな、甘えてんじゃねえぞってさ」
ふっと自嘲気味に流子が笑う。
「でもさっき、人混みの中でおやじさんに抱っこされた小さい女の子が紺色のセーラー服着てたの見てさ、鮮血が言ってたこと思い出したんだ。『セーラー服は卒業するものだ』って。私だって、まだ鮮血からちゃんと卒業出来ちゃいない。私にとって鮮血よりかわいい服がまだ見つからないんだ。まあ普通あんなめちゃくちゃな服いないんだけどさ。喋るし心配性だし勝手に人の体脂肪率計るし口うるさいし無茶はするし自分が燃え尽きようって時まで私のことばっか言ってるし」
「そうか」
妙に口数の増えた流子が今日一着も自分の服を買わなかった理由を察した皐月は静かに妹の話を聞いていた。
「生まれた時から母さんしか見てなくって生きる理由が母さんだった鳳凰丸が、母さんを失って平気でいられるわけはないんだなって。あいつに怒ってないっていえばそりゃ嘘になるよ。でも割合としちゃ八つ当たりに近いのかもなって思った。母さんも鮮血も勝手に死にやがってコンチクショウ、それなのに同じような境遇のお前も死のうとすんのか、私に殺されたいなんて思ってやがるのか、殺してやんねえよバーカ、みたいなさ」
自分で言っといてなんだけど子供じみた理屈だよな、と流子は頭を掻いた。その背中に、皐月の手が優しく触れた。
「お前は優しい子だ。それだけ強い悲しみと怒りを、私にも満艦飾にも悟らせないように必死だったのだな。話してくれてありがとう」
思わぬ言葉に流子は姉の顔を見つめた。皐月の手から流子の背中に温もりがじんわりと沁みていった。
「自分の力で立とうとするのは良いことだ。誰かに思考を預けるのは家畜の生き方だからな。しかし、時に誰かと荷物を分かち合うのは決して悪いことではないのだぞ。私とて揃や糸郎、四天王に助けられた。お前には私もいる、満艦飾もいる、共に戦った仲間がいる。お前は、一人ではないのだ」
皐月を見つめていた流子の表情が、面映ゆさと嬉しさとが入り混じったように緩み歪み、上を向いてすぐそっぽを向いた。
「ちぇっ、なんだよ、泣かねえからな」
流子の精一杯意地を張った感謝に聞こえない感謝の言葉を皐月は笑って受け止めた。
「なんだ、泣くのなら胸くらい貸してやるぞ。姉(わたし)に甘えろ」
「何言ってんだよ、こんな歳で姉さんに甘えるとか、こっぱずかしいにもほどがあるだろ」
「そっちこそ何を言う。幼いうちにあってもいいことをしてこなかったのだ、今取り戻すことに何の不自然がある」
心底不思議そうな皐月の表情に面食らった流子は、やがて苦笑した。
「それにしたって公衆の面前じゃあなんだからさ。まあそのうち、泣きたいときには遠慮なく胸借りに行くよ」
「そうか? 私はここででも一向に構わんのだが」
「今は泣きたい気分じゃないってことさ」
ベンチから勢いよく立ち上がると流子は皐月の正面に立ち、にかっと笑った。
「ありがとな、姉さん」
今度は素直な流子の謝辞に、皐月は微笑みで返した。