ライフゴーズオン
それから何軒もの店に行った三人は買い物を重ねた。皐月が買い求めた品が入った紙袋は流子が担いでいた。
「しかし満艦飾のバッグは何でも入るのだな。そんなに大きくなるものだとは思わなかった」
「そうでしょー? 母ちゃんが作ってくれたんですよ。チャックとマジックテープで大きさ調節できるんです」
「調節利きすぎだろ実際」
流子が思わず突っ込むのも無理はないほどマコのバックパックは大きくなっていた。ウサギの顔をモチーフにしていたはずのシルエットは当初の数倍以上に膨れ上がり、腹いっぱいに食べ過ぎた肥満体ウサギと形容するのが一番適当であろう。
「それにしても皐月様ってば何着てもお似合いでびっくりしました。スタイル良くてきれーだと大概の服は似合うんですよね。私おチビさんだからうらやましーです」
「何を言っている。満艦飾こそ自分に似合う服をよく知っているのではないか。かわいらしかったぞ。なあ流子」
「あ、ああ、そうだな」
やや上の空な様子の流子を訝しく思った皐月だったが、尋ねようとする前に前方に日蔭ができた。
「皐月様、お楽しみのところをお邪魔して申し訳ありません」
日蔭の原因は元本能字学園四天王の一人で現在は鬼龍院財閥系列の警備会社に籍を置いている蟇郡苛だった。
「どうした蟇郡、そんな恰好をして」
蟇郡の出で立ちは上下白のタキシードにこれまた白いピカピカの革靴で、平生のオールバックとは違い髪をほぼ七三に分けている。手には蟇郡の巨体に比してちんまりと見えるほどかわいらしい花束があった。コホン、と一つ咳ばらいをした蟇郡は皐月から視点を移した。
「満艦飾マコぉっ!」
「はっはい、なんでしょう蟇郡先輩っ」
大音声に思わず背筋をピッと伸ばしたマコの前に蟇郡は跪くと花束を差し出した。
「俺は、お前に結婚を前提とした交際を申し込むっ」
「え、え、ええーっ!」
驚いたのはマコ本人のみならず流子に皐月、そして物陰から蟇郡を見守っていたはずの元四天王の残る三人、蛇崩乃音、犬牟田宝火、猿投山渦も同様であった。
「け、けっこんをぜんていにしたこうさいって、そ、それはがまごーりせんぱいがわたしのことすきだってことですか?」
「嫌か? 受けてもらえないのであれば俺も男だ、きっぱりと身を引こう」
「そうじゃなくて、その、えーと。……てりゃーっ!」
狼狽してしばらくあわあわと落ち着きのない動きを繰り返していたマコは、しばらく後ずさると勢いよく駆け出して蟇郡に向かって飛び込んだ。
「どうしましょ先輩、嬉しすぎてびっくりしちゃって私どうしていいかわかんないです。夢ですかこれ。ほっぺたつねってみよ―アイテテテ、夢じゃなーい!」
「夢ではないぞ満艦飾。なぜならお前の飛び込み頭突きで俺の鳩尾も少し痛い。……まだ学生のお前を縛り付けることになるのではないかと思って言い出せずにいたのだが、やはり男たるもの、交際を申し込むからには結婚を視野に入れて」
「結婚ってことは先輩の名字になるということ。がまごーりまこ、はっ、先輩、すごいことに気がついちゃいました。先輩の名字から点々取ったら中に『マコ』って入ってます! すごいですよこれって運命? これは早速父ちゃん母ちゃんに報告しないと! 満艦飾マコ、先輩のおよめさんになりますー!」
傍目を気にせず盛り上がるマコにやや押され気味になる蟇郡を見て皐月はふっと微笑んだ。
「蟇郡、一世一代のプロポーズだな。これ以上は私たちはお邪魔なようだ。行こうか流子」
「え、え?」
急展開に戸惑いを隠せない妹の腕を引き、皐月はその場から離れた。
「りゅーこちゃーん、さつきさまー、またデートしましょーねー!」
深々と頭を下げる蟇郡の前でぶんぶんと手を振るマコを見やり、二人は生まれたてのカップルへ手を振り返した。
「さて、お前たちはどうするのだ」
離れた場所から同志を見守る名目で見物していた元四天王の三人に皐月は声をかけた。是非ご一緒に、と言いかけた猿投山を制するように蛇崩が口を開いた。
「あの二人の邪魔、と言いたいところだけど、ガマくんがカワイソーだからやめとくわ。用も済んだし、イヌくんとサルくん連れてあたしもちょっと遊んでく。そのうちあたしとも遊びに行きましょう皐月ちゃん。今のうちに予約入れとくわ」
「そうだな、楽しみにしているぞ、乃音」
遠ざかる皐月と流子を見送りながら、猿投山は皐月に同行できるチャンスを潰した蛇崩に抗議していた。
「なんだよ、せっかく皐月様のお供できるところだったのに」
「今回はデートという名目らしいからねえ。男子二人に女子三人ではアンバランスだろう?」
「イヌくんそれちょっと違う。あたしにだって先約を優先する思いやりくらいあんのよ。割り込みは野暮ってもんよ。今日のところは纏に皐月様を譲ってあげるわ」
なんたってあんたたちとは皐月様との付き合いが違うのよ、とふふんと笑った蛇崩は、犬牟田と猿投山の間に割り込み腕を組んだ。
「さて、行きますか。気の利いたデートは期待できないけど」
「お、なんだ、両手に花か蛇崩」
猿投山が叩いた軽口に蛇崩は早々に組んだ腕を解き溜息をついた。
「はーあ、本当こういう時の言語センスがないわよねえサルくんは」
「男性の方から花と自称するのはどうかと思うねえ? さて、気が利くかはともかくデータなら任せてくれ。最適なデートコースを弾きだしてみせるよ」
手元のタブレット端末を操作する犬牟田に頷いた蛇崩は、猿投山へ視線を向けた。
「お手てがお留守よサルくん。口も立たないデータもないなら、乙女をエスコートする気くらい見せたらどう?」
「お前のどこが乙女だよ。……センスもなきゃエスコートもよくわからんが、とりあえずお手をどうぞ。ってこんなんでいいのか?」
言い負かされてばかりはいられないと思ったか、猿投山は左手を胸に当て蛇崩に右手を差し伸べた。
「いちいち訊くんじゃないわよ。まあ、初心者ってことは考慮しといてあげる」
猿投山の手に自らの手を乗せた蛇崩は皮肉気にではあるものの猿投山を評価した。
「こんな店はどうだい」
犬牟田が差し出したタブレットを覗き込んだ蛇崩はにんまりと笑った。
「あら、メガネの癖にやるじゃない。じゃ、早速いくわよ」
三人は皐月と流子が行ったのとは別の方向へ歩き出し、雑踏に消えた。