デキちゃいました!?
「…は? 今何て言ったの、新羅?」
「…だから…、ちゃんと聞いててくれよ、臨也」
ま、信じられないのも無理ないけどね。と言って、信じられない事を口走った友人の闇医者は、信じられない事なのに平然とした顔で珈琲を啜っている。
そしてその闇医者は、信じられない事を改めて口走った。
「…だから、臨也。君は妊娠している」
身体に異変を感じ始めたのは、一週間程前の事だった。
きちんと夜眠っている筈なのに、昼間もやたらと眠い。
もともと深く長く眠るタイプではなかったけどそれも何時もの事で、短時間でもしっかり睡眠は取ってたし、生まれてこの方それで体調不良を起こした事なんかなかった。
それなのに、毎日何時になっても眠い。ひたすら眠い。
同時に頭がやけに重たくて、身体がダルイ。
熱を測れば7度少しの微熱。
最初はただの風邪だろうと、仕事が暇になれば休んだりしていたのに、それはいつまで経っても改善しなかった。
そのうち食欲も落ちて、きちんとした食事を想像するだけで吐き気がした。
これもまたもともと大食いな性質でもないから気にしなかったけど、しばらくウィダーとかフルーツしか食べなかったら、さすがに眩暈がし始めた。
一週間続いて治りもしないこの気だるさは厄介だと思って、新羅の所に行って栄養剤でも打って貰おうかとマンションを訪ねたのだ。
さすがに俺の痩せ方と顔色の悪さに驚いた新羅が、検査だから尿やら血液やらを差し出せと言うから、その強引さに抗う体力のなかった俺は渋々闇医者の指示に従った。
その結果が、これだ。
「…冗談じゃない…俺は男だよ? そんな事ある訳ないじゃない。このヤブ」
人権侵害で訴えるよ。と睨みをきかせた俺に、新羅は珈琲のカップを置いて両掌を俺に向けた。
どうでもいいけど、その珈琲の匂いに吐き気がする。
「勘弁してよ。だってどこをどう見てもそう言う結果しか出ないんだから、仕方が無い」
どんな結果だと思った所で、医者じゃない俺にはその結果を見ても解らない事だ。
医者が言うなら本当だろうかとも思うが、やっぱり信じられる話じゃない。
片手を口許に当てて珈琲の匂いをシャットアウトしながら、じっと新羅の顔を見る。
これは…冗談を言ってる顔じゃない。
長年の付き合いと情報屋としての俺の眼力は、冗談ではないと言っている。
だからと言って、じゃあどうしたら良いのかなんてさっぱり解らず、思わずもう一方の手で自分の腹部を触ってみる。
少し痩せた以外、何の変哲もない自分の腹。
ここに、もう一つの命がある…?
……馬鹿な。
やっぱり、信じられる話じゃない。
「…俺だって冗談で言ってる訳じゃないよ。えーと、君には生理がないから正確な事は解らないけど、今の状態から言って多分妊娠3週頃じゃないかな? それと君には膣もないから産む時は帝王切開って事に…」
「…もう良い。もう良いよ、新羅…」
俺に生理も膣もあってたまるか!
と叫びたい心境だが、そんな気力がない。
この馬鹿げた状況では脱力するばかりだ。
今度は俺の方が片手の掌を見せて新羅の言葉を途中で止める。
「…父親が誰かとか言う無粋な話は今はしないけど、これは凄い事だよ、臨也! ちゃんと話し合ってどうするか決めるんだよ」
話し合うだって?
そんな事が出来るなら、とっくの昔に話し合ってる。
毎日毎日殺し合いなんかしちゃいない。
口には出さずに心の中で新羅に文句を呟きながら、俺はフラリと立ち上がる。
今はもう、ここに用はない。
一人になって考えよう。
どうせこんな話をしたって信じてくれる筈がない、あのシズちゃんが。
話す前に殺されるか、話した後で殺されるに決まってる。
玄関に向ってフラフラと歩く俺に新羅がついて来て、まだベラベラとまくし立てている。
「産むにしても何にしても、その時は絶対俺にやらせてね! ついでに君の身体を解剖して隅から隅まで俺が診てあげブッ!」
煩い。
頭に響く。
靴を履いて玄関を開けた俺にまだ喋る新羅の声を、ドアを閉める事で強制的に止めさせてやった。
どうやらドアに鼻先でもぶつけたらしいが、そんな事は気にしない。
マンションのエレベーターに乗り込んで、ようやく一人の空間になる。
…どうするって言うんだ。
俺は改めて、片手で自分の腹を撫でてみる。
信じられないと思いながら、どこかで認めてる俺がいる。
馬鹿みたいだ。
吐き気がする。
気持ち悪い。
「……何をどう話し合えって言うの……」
エレベーターの中に小さく反響した声は、思った以上に途方に暮れた俺の声だった。
作品名:デキちゃいました!? 作家名:瑞樹