デキちゃいました!?
俺と臨也の関係は何だ? と問われたら、俺は一言「俺とノミ蟲の間に関係なんかねえ」と答えるだろう。
実際のところは、高校の時の同級生であり、新羅共々腐れ縁と言う間柄なのだろうが、新羅はともかくあのノミ蟲野郎との縁なんざそのまま腐りきってなくなっちまえば良いと思う。
他の連中の言葉を借りるなら、俺とノミ蟲は犬猿の仲でもある。
高校の頃、新羅を通して会ったその日から池袋の街中で殺し合いをし、それから今日まで顔を合わせれば殺し合いしかしていない。
…いや、していない、と言うのは間違いか。
何がどうおかしくなったのか今となっちゃ覚えちゃいねえが、いつからか俺とノミ蟲は「そう言う」関係にもなった。
つまりは、セフレって奴だ。
殺し合いの延長で、息の根を止めるつもりでお互いにお互いの身体を貪ってる。
殺し合う興奮に火がつけば、いつもその流れだ。
人間死ぬかも知れねえと思うと、その前に子孫を残さなきゃならねえと本能が判断し、性的興奮を覚えるんだとかなんだとか、前にその真っ最中に臨也が言っていた気がする。
俺にとっちゃどうでもいい事だ。
性的興奮だか本能だか知らねえが、俺とノミ蟲がセックスしたって子孫が残るはずもない。
なら、あの行為はまるで無意味なものだ。
無意味なものに理由や理屈をつけるなんてナンセンスだし、それこそ無意味な事だろう。
ただ熱を発散させて、いつか本当に殺せればいい。
それだけでいい。
お互い意味なんてものは求めてねえんだから、それでいい。…筈だ。
それでいいだろうと自分でも思うのに、なぜか納得いかない自分がいる。
…ああ、めんどくせえ。
ウゼェ。
どうでもいい。
そもそもあのノミ蟲野郎の事を考えてる自分に腹が立つ。
無性に腹が立ってイライラしてきたから、仕事が終ったらノミ蟲をぶっ殺しに行くか、と考えていたら、隣を歩いていたトムさんがなぜか一歩離れた。
どうもイライラが顔に出てたらしい。
「…スンマセン」
思わず謝った俺に、トムさんは苦笑いしながら元の位置に戻って歩き出す。
そろそろ日も暮れる時間。
昼の借金回収は一先ず終りだ。
後はある程度遅い時間にならないと捕まらない連中を残すばかりになった。
一旦事務所に戻って休むか、と言う話しになった俺とトムさんは、その事務所に向って歩いている。
空が薄暗くなり始めて、街が昼の顔から夜の顔に変わるそのほんの僅かな中間の時間。
空は夕焼けからオレンジになり、街を染める。
ちょうど西口公園の脇に差し掛かった所で、ぽつぽつと立つ街路樹の横に他とは明らかに異質な人影を見付けた。
俺は足を止め、その影を目を細めてサングラス越しに凝視する。
…間違いねえ。
「…あれ、おい静雄?」
方向転換した俺の背中にトムさんの声がかかるが、それに答えず見付けた人影に向って大股に歩く。
トムさんも俺の目的を見付けて納得したのか、それ以上は何も言ってこなかった。
「……なァにしてんだ、こんな所で…臨也くんよォ」
見付ければ必ずそれだけで顔面に青筋が立つ。
いつものように殺気を込めた声で話し掛ける。
が、どうも今日のノミ蟲はいつものようではなかったらしい。
近付く俺の殺気にいつもなら直ぐに気付く筈のノミ蟲が、声を掛けるまで俺に気付かなかった。
「…やあ、シズちゃん…。ゴメン、帰ろうと思ってたんだけどさ…」
『ゴメン』!?
コイツ今、普通に俺に謝ったか?
何だかいつもと様子が違う。
街路樹に凭れ掛かって顔をあげたノミ蟲は、そう言えば何となく顔色が悪い。
オレンジに街を染める夕日と、俺のかけた薄い青のサングラスのレンズのせいかと思ってそれを外してみるが、矢張り顔色は悪く見える。
それにコイツ…しばらく見ねえ間に、何か痩せたか?
普段と違う俺への反応と顔色の悪さ、痩せた身体に俺が二の句が告げられないでいると、臨也はいつもの外人みたいな仕草で肩を竦めて笑った。
無理矢理感がある。
「…大人しく帰るからさ、今日は喧嘩も殺し合いも止めとこうよ…ね?」
何なんだ、この無理して笑ってます、みてえな顔は。
馬鹿な事に俺は、この時まだこのノミ蟲が具合が悪いんじゃないかと言う事に気付いてなかった。
答えない俺に「じゃあね」と言って街路樹から身を離した臨也が、途端にグラリと身体を傾がせた。
目の前でアスファルトに倒れ込みそうになったのを、俺は咄嗟に片腕を出してキャッチしていた。
…何だ、この軽さ。
想像以上に軽い臨也の身体と倒れた事実に驚く。
「おい…おい、臨也!?」
完全に気を失っているのか、あろう事か俺に抱きとめられた臨也は返事をしない。
ピクリとも動かない。
そこで漸く俺は、臨也は具合が悪かったのだと言う事に気付く。
こんなノミ蟲、この場に捨てても構わないが…仕方無く俺は、自分の部屋に臨也を担いで行く事にした。
…ああ、めんどくせえ。
作品名:デキちゃいました!? 作家名:瑞樹