甘い憂鬱
我ながら乙女か、とツッコみたくなるところである。
「シエラ」
そして、いつになく真剣な声で、唐突に名前を呼ばれる。
ジャスティン様の方を向くと、驚く間もなく唇を塞がれた。
「……っ、ん」
最初は、触れるだけの軽いキス。
だけど、だんだんと深くなっていき、私の息を絡め取っていく。
「……はっ、ぁ……」
息が乱れ、苦しくなってくる。けれど、嫌じゃない。
むしろ――。
「……っはぁ……シエラ」
吐息まじりに私の名前を呼ぶジャスティン様。
そして、彼の腕の中、しっかりと抱かれている私。
なんて、なんて、甘い。
(……これこそ、私には無縁のものだと思っていたのに……)
いつから、無縁ではなくなっていたのだろう。
――あぁ、幸せだわ。
そう思える日が来るなんて。
(……私はもう十分、貴方に気を許してしまっています)
大事な人を作ってしまった。
もし主に、この方を殺せと言われたら、私はどうする?
もちろん、そんな事は決まっている。
主の命とあらば、私は愛する人だって、この手で殺める。
その後、私の中で、何かが欠けたとしても。
(……あぁ、でも。何だかこの人は自分の血でお前を汚したくはない、とか言って自分で自分を殺めそうだわ……)
そうしたらマーシャルがショックで死んじゃうわね、と付けたし私は小さく笑う。
もともと、私が真っ向から挑んだら返り討ちに会う程強いお方だ。一筋縄ではいかないだろうし、第一、エドワルド様がそんな命令を出すとも思えなかった。
「? どうかしたか?」
うつむく私の顔を覗き込むようにして、ジャスティン様の頭が揺れる。
「ふふ……いいえ。……ただ」
「ただ?」
見ると、ジャスティン様は既にいつもの無表情に戻っていた。
そんな彼を見ると、ついついジャスティン様の表情とは対照的に、私の顔はにやけてしまう。
「……何だ、さっさと言え」
痺れを切らしたように、ジャスティン様は私を急かす。
私は最後に「ふふ」とだけ笑うと、ゆっくりと口を開いた。
「そんなたいした事じゃありませんよ。……ただ今のところ、泣く予定はないなぁ、と……思っただけです」
――どうか、この人と刃を交えるかもしれない、その日まで……この幸せが、どうかずっと、続けばいい。
私は微笑み、そっと、目を伏せる。