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何てことのないお茶会

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「――手料理?」

「あぁ、そうだ」
 気だるげに振られた、唐突な手料理の話題。
 その問いの意図が読めず、私は少し困惑する。
「そう身構えるな、ただの興味本位で聞いているだけだよ」
 紅茶を啜りながら、そう続けるブラッド。
 その彼の隣には、オレンジ色の物体を次々にもぐもぐと口へ入れながら「さっさと答えろよ」と睨みの利いた視線でそう訴えてくる彼の腹心、エリオットがいる。
 私はそんなエリオットの視線には目をそらし、口を開く。
「……そんなに凝った物は作れないけど、簡単な物ならある程度の種類は作れるわ」
「ほう……」
 そう伝えた瞬間、わずかだがブラッドの目がギラリと光った気がした。
(何か、嫌な予感……)
 そんな不安に駆られながらも、私は自分に厄介事が降ってこないよう願う。
 だがブラッドの次の言葉で、そんな私の願いは音を立てず無残にも崩れ落ちた。
「では今度、私に何か作ってくれないか」
「え」
「はあああああ!?」
 ブラッドの発言で、私よりエリオットの方が驚く。耳が痛い。
 ブラッドもエリオットの大声により耳が痛くなったのか、ティーカップを置いて耳を触っている。
「……うるさいぞ、エリオット」
「あ……すまねぇ、でもよブラッド! こいつ諜報員だぜ!? 諜報員の作った物なんかぜっっったい毒入ってるに決まってる!!!」
「……」
(……エリオットの中ではやっぱり私はまだ諜報員なのね)
 わかってはいた事だが、それでも少し悲しくなる。
 ダイヤの国へ来てから、結構な時間が経っている。正確にはわからないが、使用人や、ディー、ダムと打ち解けたぐらいには長い。
最初は諜報員と言われていた事もあり、ディーとダム、帽子屋屋敷の使用人達からも警戒されていたが、今となってはすっかり打ち解け仲良くなった仲だと私は思っている。
 ……ただ一匹を除いて。
(エリオットの場合、ブラッドの口から聞かない限りはずっと諜報員として私を見るんだろうな……)
 私がそんな事を思っている間も、二人……いや一匹の一方通行な討論(?)は続く。
「何かあってからじゃ遅ぇんだぞ……!!!」
「はぁ……わかった、わかったからそのでかい口を閉じろ。うるさい」
 ブラッドは面倒くさそうにエリオットをあしらい、また紅茶を飲み始める。
 そしてエリオットはくるりとこちらに向き、今度は私がでかい声が浴びせられる。
「ってなわけで、あんたは何も作らなくていいからな!!!」
「……はいはい」
 生返事を二回程繰り返す。
 結局、今回のお茶会では手料理という話題が出たものの、そのまま不発で何も進展せず、終わったのであった――。

と、思っていたのに。
「茶会でエリオットは、あぁは言っていたが……もちろん作ってくれるんだろう? お嬢さん」
 運悪く、ブラッドと廊下で鉢合わせてしまった。
 あのお茶会の後、数時間帯が経ち、手料理云々の話は自然と消え正直私も忘れていた。第一エリオットがあんな様子だったので最早ないもの思っていたが……。
「……ほ、本気で言っていたの?」
「もちろんだ。私は常に本気だとも」
(……嘘つけ)
 心の中で、そう強く呟く。
 常に怠そうな、本気という言葉からは程遠くかけ離れた人間が何を言っているのやら、私は呆れ気味な目を返してしまう。
「……何だね、その目は」
「……特に深い意味はないわ」
 私のそんな目に息苦しさを感じたのか、ブラッドがやや困ったような顔をする(焦ったようにも見える)。
 で、結局のところどうなのだろう。
「……面白半分で言っているだけでしょう?」
「いいや? 九割は本気だとも」
「後の一割は何よ」
 そこで会話が意図的に途切れ、少しの間が出来る。そして――
「楽しみにしているぞ」
「ぇ」
 それだけ言うとブラッドはフッと意味ありげな笑みをこぼし、速やかにこの場から立ち去って行く。
 いつも怠そうにしている男からは想像もつかない俊敏な動きを見せるブラッド、その背中は……廊下の角を曲がり、私の視界からは完全に消えていった。
 そして唐突にこの場に残された私は、ただただ放心するだけ。
「……、……。……結局、私は何か作らなくちゃいけないのかしら」
 その疑問だけが、私の中に響き渡る。

*** ***

 あれから、二時間程時間帯が変わった。
 丁度なのか、それともブラッドの根回し済みなのかわからないが、私はその二時間帯仕事は休みだった、ので。
(……一応お菓子は作ってみたものの、何だかわざわざ渡しに行くのも……なぁ)
 私はその二時間帯の休みの後、きっちり仕事をこなし、そしてまた次の休みが回ってきた。
この休み、私は特にする事もなく屋敷内を歩いていた。だからと言って、渡しに行くのもやはりなんだか進んで行いたくはない。
渡すタイミングというものは、少し計りかねる。
(それと……お菓子作りが久々だったから、楽しくてついつい作りすぎちゃったのよね……。というか、作っちゃったのよね、にんじんクッキー……)
 他にも、色々作ってしまった。
 ブラッド用に作った普通のクッキーに、エリオット用に作ったにんじんクッキー(食べてもらえるとは思えないが)、そして双子用にも作ったチョコクッキー……、そしてそして、クッキーの他にもブラウニーやらスコーンやらをたくさん焼いてしまった。
(いくら楽しいからって、一人で消費できない分を作ってしまったのは……失敗だったわ)
 お菓子作りに我を忘れるとは。……ストレスでも溜まっていたのだろうか、私は。
 心当たりがないようで、あるようで。
 そんな事を考えていると、前方からがたいの良い長身の男が歩いてくるのが見えた。
「エリオット」
「あ?」
 彼の名前を呼ぶと、エリオットはあからさまに嫌そうな顔はすれど律儀に私の前で止まってくれる。
「何か用か?」
「用……」
 用と聞かれて、ハッとする。私は彼を見つけほぼ無意識に名前を呼んでしまったので、用など何もなかった。
「ごめんなさい。呼んだだけなの」
「はぁ? 呼んだだけ?」
 エリオットは「用がないなら呼ぶな!」と言い、立ち去ろうと止めていた足を再び動かす。
(……そういえば、会った時用にと思って念のためにんじんクッキーを持っていたはず……)
 私は素早くポケットからそのにんじんクッキーの入った袋を取り出し、思い切ってもう一度エリオットの名前を呼んだ。
「エリオット!」
「……なんだよ」
 やはり嫌々ながらもエリオットは立ち止まってくれる。
 私はそんなエリオットに駆け寄り、にんじんクッキーを彼の前に差し出した。
「……?」
「にんじんクッキー、作ったの。良かったら貰ってくれない?」
 〝にんじんクッキー〟その単語に反応してエリオットの耳がピクリと跳ねる。
 しかし、それきり動かない。
このエリオットがハートの国のエリオットなら、きっと彼はすぐに受け取って喜んでくれただろう、だが今私の目の前にいる彼はダイヤの国の住民、ハートの国のエリオットではない。
しかも、彼は数時間帯前、諜報員の作った物なんか絶対毒が入っているーなどと凄い剣幕で言っていた。それを忘れ受け取るというのは、ある意味面目丸つぶれと同じ。
作品名:何てことのないお茶会 作家名:ツバキ