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何てことのないお茶会

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彼もきっとそれをわかっているのだろう、今彼の身体は一切どこも動いていないが、頭の中は色々な言葉やら何やらが交錯しているに違いない。
「…………」
(凄い見てる)
 目先の欲に屈しないぞとばかりに踏ん張りの利いた目が、差し出しているにんじんクッキーを完全に捉えている。
(……私の作った物なんかより、ここのシェフの作った物のほうが数倍美味しいに決まっているのに)
 そう言い離さないのは、エリオットの根本的な優しさだろうか。
 そんな事を思っていると、エリオットが恐る恐る(少しキレ気味)で聞いてくる。
「……な、何も入ってないんだろうな?!」
「もちろん」
 エリオットの思っているようなものは入っていない。入っていたら、それこそ私は完璧に諜報員として確定付けられる事になってしまう。そんなのは嫌だ。
「……じゃあ、貰ってやる」
 そう言って、差し出していたにんじんクッキーの袋を受け取り、エリオットはまた何も言わず立ち止まっている。
「?」
 そんな彼を不思議に思い見ていると、エリオットは私の視線に気付き、焦ったように活発に動き始めた。
「い、一応礼は言っておくが、にんじんクッキーでこの俺が懐柔できると思うなよ!!!」
 そう言いエリオットは脱兎の如き素早さで……いや、まさしく脱兎なのだが、それは置いておいて。
エリオットの背中は彼の慕うボスと同じように廊下の角を曲がり、完全に私の視界から消えていった。
「……上司が上司なら、部下も部下ね」
 まぁ、貰ってくれてよかった。今はただその事だけで十分だ、そう思える。
(……にんじんの力って、偉大だわ)

*** ***

「僕達に? ふーん……」
「毒でも入ってるんじゃないの? 兄弟」
「……」
 私はあの後自室に戻り、このまま流れでみんなに配ってしまおうとバスケットにお菓子を詰め、屋敷内を歩いていた。散歩も兼ねているので、あえて会いに行くのではなく偶然会うのを期待しての行動だった。
 そして〝たまたま〟門番の仕事をサボっていたディーとダムに会い、クッキーを手渡したのだ。
 だが案の定クッキーを手渡されたディーとダムの反応は、何となく予想通り。
「……失礼ね、入れるわけないじゃない」
 わかってはいたものの、ムッとした事は否めず、そのまま顔に出てしまう。
「はは、怒らないでよ。ただ言ってみただけだよ、ね、兄弟」
「うんうん。それに例え毒を入れてたとしても、入れた張本人のお姉さんはすっかり毒の事を忘れてつまみ食い……で、一人虚しく死んでいそうだけど、今お姉さんは僕達の目の前にいて、死んでないって事はそういう事だよね。兄弟」
「なるほど、兄弟。言えてるね」
「あんた達……」
つまみ食いなんて、そう言おうとした口が止まる。
(そういえばつまみ食い……した気がする……)
「お姉さん、固まっているね」
「と、いうことは……つまみ食いをした憶えがあるんだ」
 ディーとダムがニヤニヤした顔でこちらを見てくる。
 二人の言うとおりつまみ食いをしたのは事実、何も言い返せない。
「まぁつまみ食いをして生きているんだから、毒は入っていないんだね」
「入ってるとも思えないけど」
 ニヤニヤした顔はそのままで、二人は言葉を続ける。
何だかディーとダムの表情は、そのにやけ顔を除いてもご機嫌のように感じる。
 二人はおもむろに差し出した袋を開け、クッキーを取り出した。
「え、ここで食べるの!?」
「? 別にどこで食べたっていいじゃない」
「そうそう、僕達の自由だよ」
「……せめて自室とか、私のいない場所で食べてほしいわ……」
 そう言うと、ダムが「じゃあお姉さんがいなくなればいいんじゃない?」とクッキーに
視線をやったまま私に言う。
 私は「……はぁ」とため息をつき、ダムの言うとおりその場を後にしようとした。その時。

「……あ。美味しい、美味しいよこれ」

 ディーのそんな声が後ろから聞こえ、私は思わず振り返る。
 ダムもディーにつられ、チョコクッキーを一口食べる。
「……本当だ。まぁうちのシェフに比べると素朴だけど、その素朴が美味しいというか癖になるというか……手作りって感じがするね」
 そりゃあ、手作りですから。ちなみに言うと、ここのシェフのお菓子だって手作りだ。そうツッコみたかったが、きっと言っても無駄だろうと私は諦める。
 ディーとダムは「美味しい、美味しい」と口々に言いクッキーを食べていく。
 美味しい、そう言われるのは嬉しいが、そう連呼されると恥ずかしくもなる。
(そ、そこまでの物じゃないと思うんだけど……)
 これは新手の何かだろうか。そんな事まで思い始めてくる。
 二人はむしゃむしゃと手を止める事なくクッキーと食べている。もしや私の目の前で一気に食べて、袋は返そうという気なのだろうか。
(そ、それは……)
 最悪な。そう思っているうちに、ディーとダムはクッキーを平らげていた。
「美味しかったよ、お姉さん」
「また作ってよ、お姉さん」
 そう言ってディーとダムは私に背を向け去って行く。袋はスーツのポケットに入れたようで、少しはみ出ていたのが見えた。
 二人は「良い休憩になったね、兄弟」「そうだね、兄弟。そろそろ仕事にでも戻ろうか」などと話しながら外へ続く扉へと歩いていく。
 既に、二人の背中は小さい。
「……まぁ、何はともあれ喜んで(?)貰えたなら良かったわ」
 ここは素直にそう思っておこう。

*** ***

 さて、次に渡しに行く人物と言えば、一人しかいない。
 ブラッド、そう、ブラッドだ。
(渡しに行くというか……もうブラッドの部屋の前に立っているのよね)
 私はあの後、もしかしてこのまま屋敷内を歩いていたらブラッドにも偶然会えるんじゃないか――と期待し屋敷内を結構歩き回ったのだが、一向に会える気配はせず、しぶしぶ私はすれ違ったメイドさんにブラッドの事を聞いたのだ。すると
『ボスですか~? ボスなら、この時間帯はお部屋でお休みになっているはずです~』
『えぇ? それは……何だか珍しいわね』
『えぇ~。なんでも、待っているものがあるとかないとか~』
『……そう』
 聞いた時は、心から「あの野郎」と憎しみを込めて(心の中で)呟いてしまった。
 あの男は私があの二時間帯で何か作り、それをまた次の休みに渡すと読んでいたのだろう。だから部屋になどいて、あえて私が渡しに来るのを待っていたという事(だと思う)。
 だからわざわざ渡しに行くのではなく、偶然会って渡したかったのに。
 私は腹を括り、扉をノックする。
 すると中からは、すぐに返事が返ってきた。
「どうぞ」
「……どうも」
 返事を聞き、私は扉を開けブラッドの自室に入る。そしてまず目に入ったのは、ブラッドのニヤニヤとした顔。
「……」
(ムカつく)
「やぁ、お嬢さん。エリオットや門番達には、配り終えたのかな?」
 やはりこの男、わかっていたようだ。
「えぇ……」
 そう答えると、ブラッドは「座りたまえ」とソファーを指す。そして対に置いてある二つのソファーの間にある机には、紅茶が用意されていた。
「……用意の良い事で」
「ふふ」
 嫌味を言ったつもりだが、ブラッドには軽く受け流されてしまう。
作品名:何てことのないお茶会 作家名:ツバキ